備忘録

美々矢のヲタ活に関する悲喜こもごも。

推しがいるほうの人生のこと。(前編)

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前編

三つ子の魂百までだねって話。

 

 

 

思い返すと幼少期から、誰かにのめりこんだり、ハマったり、そう、「推し」続けてきた。

病める時どころかスーパー健やかなる時だって、推しがいないと生きていけない。

太宰ふうに言うと、「推しの多い生涯を送ってきました…」といったところだろうか。

 

だからけっこう大人になるまで、他の人にも普通にそういう存在がいるんだと思っていた。

当然サンタクロースはいるんだと思ってたら、保育園で「サンタなんていないよ。あれおとうさんだよ」って言われて、え、あなたにはいないの? 私にはいるけど?ってなった気持ちに似ている。

 

「うーん、私、特に誰かにハマるとか追いかけるとかって、今までないんだよね」

と友達が言うのを聞いて、そうか、言うのが恥ずかしいんだな。無理には聞くまい…と思っていたけれど、マジでいないっていうことがあるんですよね。当たり前だけど。

 

社会人になってとても親しくなった友人の一人がまさにそういう子だった。

ドラマも映画も観るし、その都度「あ、この俳優かっこいいな」と普通に思ったりはする。気に入ってるバンドはあるけど、別にファンクラブに入ろうとかコンサートのチケット取れないとむり死ぬとか思ったことはない。もちろん新譜もリリース日に待ち構えて聴かなくたって死なない。ていうか我々オタのように、そんなたやすく死ぬとか言わない。漫画も読むけどストーリー重視で、キャラに思い入れとかちょっと理解できない……等々。

 

私はその友達に、

ーえ、休みの日なにしてるの。ていうか家に帰ってからなにしてるの。辛いことがあったとき何を支えに生きているの…? 

というようなことを質問攻めにした記憶がある。

だって誰にもハマったことがないって、意味が分からなかったんだもん。

別にバンドマンとかジャニーズとか、宝塚トップスターとか、俳優とかモデルとか、アニメとか漫画ととか2.5次元とか、メジャーなものじゃなくたっていい。同性異性、国籍、年齢、二次元三次元、存命他界…何でもいいのよ、誰かしらいるでしょうと。お願いいるって言って。

しかし彼女は、

 

「何って…やることいっぱいあるよ。普通に楽しいことするでしょ。てか逆になんで辛いことがあったときに見ず知らずの人が心の支えになるわけ。お母さんに電話するし」

 

というようなことを返してきた。

 

おおお…見ず知らずの人……そうだよね。なんかわからなくはない…言ってることはわからなくはないぞ……お母さんに電話…だ、だよね……うん、するする…する、が…でも、普通に楽しいことって、なに。ふ、普通…?

 

普通に楽しいことってなに、の部分は、声に出ていた。

お互い、解せぬ、という顔で向かい合う。

 

「旅行とか…友達と飲むとか。いい感じの場所で美味しいもの食べたいし、コスメも洋服も大好きだし」

ーうん…いや、私だってそういうのも好きじゃん? 楽しいことはいっぱいあるけど推しってそういうのと違わない? あと家族に話せないようなこととか、話しても元気にならないこととかあるじゃん。

「違わない?て言われてもね。まあ私、現実世界の人にしかときめかないし…」

推しだって現実の延長だよ…今の自分そのものじゃん……

「ちょっと意味が分からない」

ーごめん今のは後半ちょっとスピ入ったわ

「だよね」

ーうんごめん。推しを愛でる自分も現実を生きています、ということが言いたかった

「わかるけどわからない」

 

って感じの会話でした。

推しだって現実の延長だよ”という言葉はいまだに「あれは意味わからんかった」と、謎の迷言として蒸し返される。どこがわからんのか私もいまだにわからないけどな!

 

ソフィーの世界』の冒頭を、意味わからなさすぎて何度も読み返しながら読み進めていった中学生のときの感覚を思い出した。

価値観の違う話、概念から理解できない話は、理解する気でちゃんと聞かないと頭に全く入ってこないんだよね。

 

ーでもいつか誰か、これはって人に出会ったらハマるかもよ?

「美々が誰もハマる人のいない状態が想像できないように、わたしにもないと思う」

ーそうか

「これ、出会いとか状況の問題じゃないと思うんだよ。自分には素養がない。ハマらないものはハマらない」

ーなるほど…

 

 

 

そういえば、わたしはいつから”推しがいるほう”の人生だったんだろう。

記憶を巡らせると、最古の推しに行き当たった。

 

 

生まれてから物心ついて以降、私の一番古い推しの記憶は、NHKの幼児向け教育番組『おかあさんといっしょ』の冒頭で放送されていた看板コーナー、着ぐるみによる人形劇の『にこにこぷん』に出てくる、”じゃじゃまる”というキャラクターだ。

そう、あの赤いチョッキ着てた、でべその、猫のようなトラのような動物ね。

 

力持ちで威張りん坊、ジャイアン的なキャラクターで、いじめっこっぽいかと思えば、義理人情に厚かったり、親分肌なのにちゃらんぽらんで陰でバカにされてたり、なんだかんだ憎めないよね~の典型的設定。

なんか酒焼けしたような声だった気がする。いまwikipediaで調べたら、本名は袋小路じゃじゃ丸で、身長は220cmだそうです…ていうかキャラクター設定の細かさすごい。推しだったのは幼児のときなので、各種設定いま初めて真剣に読んだわ。「母親とは生き別れ、早朝の牛乳配達など、子どもらしからぬ苦労人だったりもする」…って、にこぷんワールド、そんな世界だったの(驚)。

万一興味あれば見てみてください。

 

ちなみに正直じゃじゃまるのような男は、今はこれっぽっちもタイプではない。いいなと思うのは、歯が立派なところくらいかな。物静かで綺麗好き、上品でスマート、そのうえ洗練されていて、あまり他人に干渉しない男が好きです。

でも、幼いわたしはじゃじゃまるに夢中だった。

推し」と言うからには、お気に入りとかファンとか、そういうレベルじゃない。その当時から既に、なかなかの執着をみせていた。

 

毎日放送時間前は、今で言うところの正座全裸待機(実際風呂上がりにパンツ一丁でにこぷん観ている、子どもの私の写真がおばあちゃんの家にあった)。

「じゃじゃまるが映ると食い入るように見ていたよ、ていうかほぼ3匹しか登場キャラクターいないんだし、毎日放映してたけどね。あの情熱なんなんだろうね。まその間静かにしててくれたから助かったわ~。じゃじゃまるに子守りしてもらってた」とママが言っていました。

息をひそめて、微動だにせず、推しだけをじっと定点観測するの、この頃からそうなんだと妙に感心しましたね。

 

ママとパパは私に国際的な感覚を養ってほしいと、セサミストリート推していたけど、洋モノはぴんとこなかった。やっぱり私はこの頃から東アジアのエンタメが好きだったみたいだ。

 

ある時、クリスマス近くに家族でデパートへ行ったら、いつのまにか私がいなくなっていたそう。

よくある迷子のパターンですね。親が目を離した隙にどこかに行ってしまって、はぐれる、という。

慌てて探したけれど見つからず、迷子のお知らせのアナウンスも流れてこないから、どこぞの売り場で保護されたりもしていないのだろう。

え、誘拐?と焦る両親。店員さんも巻き込んで探すけれども、泣きながらママーママーと彷徨う子どもは見つからない。あれ…、これもしかして警察呼ぶやつじゃね?となったところで、パパがふとある一角を見て、

「あ…!」

と指をさした(このくだり二万回くらい聞かされたので、全く覚えてないのにすごいドラマチックに再現できる)。

 

そこにはワゴンに積まれた大量のじゃじゃまるのぬいぐるみ。その中のひとつを腕にしかと抱え、どっちりと立ち、じゃじゃまるの山を静かに見上げる子どもが。わたしだ。

子どものマネキンかというくらい微動だにせず、恍惚の表情で立ちすくんでいたそう。

ちょっと息してないようにも見えた、というのはママが誇張して言ったとは思うけど。

そこの前も何度も通ったのに、誰も気づかなかったという。後にパパ曰く、気配がなかった、と。

「美々ちゃん!!」「こんなところにいたの!」「だめじゃない!!」と駆け寄る両親に振り向きもせず、

「…じゃじゃまる………」

と一言だけつぶやいたそうです。

こっこれは…となった親は、娘がその腕にしかと抱えているじゃじゃまるを、そのまま買い与えた。帰りの車中で私は、自分の体くらいあるじゃじゃまるをしかと抱きしめ、「じゃじゃはかっこいい」「素敵」「服がいい」とかひたすらじゃじゃまるに向かって褒めていたそうだ。

服がいい。謎。

 

ちなみに現在の推しであるところの、レイちゃんやテミンが踊っているのを観て、そのときどきで隣の席になった友人に「息してないかと思った」とよく言われるんですが、ただひたすらに、”三つ子の魂百まで”っていうワードが脳内を駆け巡るよね。

オッパと友人がコンサート後に「美々の、推しのなんかすごいもの見てる時の、カッチーンてかたまるのすごいよね。しんだかとおもった」「大丈夫ですよこの人いつもじゃないですか」っていつも話してるのを聞くとき、じゃじゃまるの話思い出します。

ていうか推しが素敵な服を着ていないとテンションがあがらないのもこの頃からなのかなと、いま、ふと思いました。服がいい…うん、大事。

 

実家にある、当時読んでいた絵本を見ると、じゃじゃまるらしき生命体の落書きがいたるところにある。なかでもノンタンミッフィーの絵本には、強火な行為が見て取れる。

ノンタンミッフィーのイラストの顔の上にじゃじゃまるが勢いよく描いてあって、ちょっと狂気すら感じるのだ。「みんな推しにな~れ~~!」みたいな感じだろうか。

「じゃじゃまる原理主義だ」と、オッパはおののいていた。

顔の上にでかでかと、まるで上書きするように描かれているのは、そういうキャラものの絵本だけ。グリム童話的なものとか、油画っぽい挿絵のものにはもっと控えめに描かれていて、幼心ながらにキャラっぽいものどうしだとカテゴライズして、「ノンタンは競合…ミッフィーは他社……」みたいなことを考えていたのだろうか。コイツ潰す!みたいな? しゅごい。強火。さすがに今はない。

本だけじゃなく、あらゆる持ち物にも見つけることができる。

もはや自分のサインにしているといったところだ。じゃじゃまるはそのまま私のしるし、じゃじゃまるイズわたし!!の境地。

 

ちなみにじゃじゃまるが、番組の中で他の女性出演者(紅一点のピッコロっていうペンギンの共演キャラとか、歌のお姉さんとか、収録にしていた幼児とか)と絡んで焼きもちをやくことは一切なく、また自分のお友達がじゃじゃまるを好きでもライバル心を燃やしたりはしなかったようだ。この辺も今と変わらない。

じゃじゃまるのプライベートやプロフィールはどうでもいい。ただカッコよくカッコいい服で番組に出るということさえ全うしてくれればいいし、自分以外のファンなんてマジで究極にどうでもいい。

ステージに立つじゃじゃまると私の世界しかありません。

あれ、これなんかデジャヴだな完全に。

 

 

それからのことを思い返しても、小学生、中学生、高校生、大学生、社会人へと成長していく中で、常に夢中な誰かがいた。

人生で、ハマる人のいない状態が訪れたことが本当にない。

中学生くらいのときには既に、何かしらのリリース情報、出演情報、掲載情報、コンサート情報をもとに生活の予定と年間予算を組むというスタイルが確立していたのだ。

 

 

ちなみに、ファッション的な意味での推し…スタイルアイコンも常に存在した。自分がどう装おうか考える時、誰かをお手本にすることが多かった。

「俺が時代になりたいんで、誰かのマネなんかしないっすね。流行は発信する側にならないと」みたいなフォロワー10万人以上いるようなインスタグラマーにはなれない。自らを発信する才能はまったくない。なんか先天的なものの域な気がする。多分脳のつくりから違うんだと思う。誰かを崇める才能なら、3歳で博士号レベルだと思うんだけどなー。

 

 

ファッション面で中高生のとき憧れていたのは、安室奈美恵さんと、MALICE MIZERのMana様。

このとき既に、人生の中での推し最長であるところのハイド様が、絶対神として既に私の脳内というか精神世界に君臨していたので、本人たちが推しだったというのとはちょっと違うのだけど(この辺はうまく説明できない)、とにかく2人のスタイルに憧れていた。

とんでもない組み合わせだし、なんでわたしこんな、国民的どメジャーギャル路線の安室ちゃんと、暗黒ゴス代表みたいなMana様の2人が同時にスタイルアイコンとして存在してるんだろ…思春期だから色々カオスってことでいいかな?って逡巡したけど、今になって思うと、むしろなんとなく親和性はあると思う。

 

安室ちゃんに憧れて、眉を細くして、白っぽいリップを塗って、ペンケースとサンダルだけフィオルッチにしていた。服は買えないから。私は北国の育ちなのだけど、雪深い真冬でも15cm(以上だったかも)のニーハイブーツに、黒のロングコートをひらひらさせていた。

「すっごく危ないとおもうよ…」と、友達に心配されていた。

真夏でも15℃を切る日がざらにあるけれど、キャミソール1枚でヘソ出して、タトゥーシール貼ってワイヤーチョーカーみたいのして、喜んでましたね。中2の誕生日には、カルバンクラインのスーツを買ってもらって、超小生意気にアムラーを気取っていました。

ちなみにサムさんとの結婚記者会見のあとは、黒のハイネックニットにミニスカをキメましたよもちろん。今も超可愛いよね安室ちゃん。

 

ゴスロリに関しては、お金を貯めては通販でそういったブランドの服や小物をせっせと買っていた。

アムラーの数倍社会的立場は弱い。

下妻物語』も公開前、先日休刊した『ゴシック&ロリータバイブル』も刊行前。

ご近所物語』を読んで、東京にはああいう変わった格好の人がいるのかもしれないね、くらい認識している子はいたけれど、お茶の間でもメジャーなアイコンタレントもいない。今でこそ「クールジャパン」とか言ってゴスロリ少女が担がれたりして(あれ超へんてこだよね)、コンテンツとして輸出もされたりして、街中で見かけても珍しくもなんともないけれど、当時のど田舎でよくやってたなーと、我ながら思います。

 

だから高校で東京に修学旅行に行った時には、「ごめん…私、どうしても行きたいところがあるの……」と、1人別行動をして、Mana様が手がけるブランド『モワ・メーム・モワティエ』のブティック(あえてショップとは言わない)に行った。みんなはディズニーランドへ。

朝からとても緊張していた。修学旅行だけど、少しでもゴスっぽく見える服を…と思って、鞄に詰めてきた黒のブラウスを着て、一人で電車に乗った。

あのときの高揚感は何度でも思い出せる。そのブティックは、表参道駅のケンタッキーがある出口からすぐ、246から小道に入った一角にひっそりと佇んでいた。

スマホもグーグルマップもないから、『KERA!』に載っていた地図の切り抜きが頼りだ。

ひとりで東京を歩くのだって初めてなのに、憧れのあそこに行きたい!という情熱ってすごいなーと思う。

 

雑誌でしか見たことのないゴスな世界観が広がるお店。しかも憧れのMana様の手がけたお洋服が並ぶ。嬉しいけど緊張が勝る。ラックに近寄ることができない。

店内の静謐な空気を吸い込むだけで涙が出そうになる。

何度も想像して、穴が空くほど写真を眺めて、脳内にだけ存在していたゴスロリの楽園がそこに広がっていた。東京のゴスロリたちは、ものすごくイケていた。ニューバランスのスニーカーできた自分はとても場違いに感じた。

シャンデリアには蜘蛛の巣がかかり、試着室は棺だった。とても凝った世界観に、溜め息が出た。別にディズニーランドなんか行かなくたって、ここが私のワンダーランドだわって思った。

 

ゴスロリのお洋服は高い。そして各種付属アイテムが多い。コルセットだけで4万円くらいしたりする。「買えるものだけ買ってあとは何かで代用…」なんてことをすると、わかりやすくしょぼく仕上がる。ちゃんと揃ってない戦闘力の弱いゴスロリスタイルは自分が一番悲しくなるし、こんなのはMana様が認めないだろう…と思った。

ブラウス、スカート、パニエ、コルセット、ヘッドセット、チョーカーとか眼帯などのアクセ類、バッグ、タイツ、靴、ウィッグ…と全身揃えていくと、普通にハイブランドでお買い物したのと変わらない金額になるのだ。しかも派手なつけまやラメが入った真っ黒なシャドウ、血糊みたいな色の口紅など、普段のメイク道具と兼用できないようなものを買いそろえるのも、もまあまあひと財産かかる。

 

それも後に捨てる日がくるんだけど、ゴミ袋につめながら、いつも”あの日”の自分を思い出す。

 

で、そんなものを一式修学旅行生に買えるわけがなく、黒いニット編みのハイソックスと、黒地に青い糸でブランドロゴが刺繍されたレースのハンカチを手に取るので、とにかく精一杯だった。

真っ白い肌に黒い長い髪、赤い口紅の映える店員のお姉さんが、にこりともせず手渡してきた。痺れた。

Mana様のお店でMana様の手がけたモノが買えたんだ…と、本当に感動してしまって、しくしく泣きながら246沿いを歩いた。

高校を卒業後、上京してもう20年くらい経つ。毎日都内を走り回っているし、それこそ表参道なんて週に何度行くかわからない。だけど、あの日私が歩いたキラキラ輝く表参道は、今の私が知っている表参道じゃない。あれはあの日にしか現れなかった、二度と行くことができない表参道だと思う。

 

ハイソックスとハンカチ。ゴスロリのお洋服や髪飾り、バッグは沢山捨ててもう少ししか残っていないけど、その2つはいまだに持っているし、きっと一生捨てないだろう。そして、こんな買い物は、もう一生できない。

ラッピングの袋に貼られたブランドのロゴがついたシールは丁寧にはがし、ラジカセに綺麗に貼り直して、見るたびに嬉しくなったりしていた。

だから社会人になって、「これ、全部ください」と全身さくっと買った時は本当に感動した。

その頃にはもうMALICE MIZERは活動休止していたし、私自身だいぶそういうのが似合わない歳になっていたけれど、何だか一度買わなければ…という謎の使命感があったのだ。

店舗は新宿のマルイに移っていた。ひどく味気なかった。

でもこんな大きなショッパー、あの時の自分が見たらひっくり返るだろうなって思った。

シャネルで買おうがディオールで買おうが、ぴゃっとリボンほどいて、ショッパーは適当に捨てるか、クリーニングの洋服を適当に入れるものでしかない。ただの紙袋だから。大人になるって最高だけど、失われるものは確実にあるよね。

 

中、高と、アムラーとMana様のフォロワーの間を反復横跳びした後、大学で上京してからは、ラフォーレ原宿の地下のゴスロリブランドでバイトした。

 

でもしばらく働いてみて、なんか違うなと思って、なんの未練もなくさっさと辞めた。

そのブランドはMana様の世界でなはいし、そこには憧れでなく労働しかなかった。

私はゴスロリが純粋に好きな訳ではなかったのだ。

ましてそれを人に勧めたり、商売したかった訳でもない。

Mana様が好きだっただけ。Mana様が纏ってこそのゴスロリだ。

ゴスロリそれ自体に傾倒していたのでなく、Mana様ありきの、だったんだ。

今になって思うと、安室ちゃんにしたってそう。

雪のなかであらゆるリスクを冒してもいいと思うほど、15cmヒールのブーツを評価していた訳じゃないのだ。安室ちゃんのスタイルが好きだっただけ。

 

だからやっぱり、わたしの世界は推しという誰かがあってのものなのだ。

 

ファッション的な推しは、自分の加齢や体型の変化にも左右されるところがある。職業によっても。そして年々、自分のスタイルが確立されていく。だから今は特に誰かのマネをするということはない。

推せる…!っていうデザイナーありきでその人が手がけるブランドに注目したりするのは、相変わらずの、私の中で応援が発生する順序だなーと思うけど、自分自身が纏うかどうかとは切り離して考えるようになった。

 

 

所謂「推し」の話に戻そう。

 

 

じゃじゃまる以降、推している期間として最長なのは、先ほどもちらりと出た、小学生から今もなお信望している殿堂入りの推し、ハイド様。

もう、一方的に人生をともにしている感じがある。人生の半分以上、一緒にいる。

 

まあまあ厳格な家庭に育ったので、小学校に上がってからは一日のうちテレビを観ていい時間は決められていたし、テレビを観てはいけない曜日もあった。

小学生の時に、金曜の夜だけは食事しながらテレビを観てもいいことになっていた。

毎週楽しみにしていたMステ。今日は誰が出るのかしら、と観ていたら、そこに神は光臨なすった。

春の訪れ。ボッティチェルリの春とか、ヴィヴァルディの春とか、世界中にある、あらゆる美しい春を描いたものが脳内を駆け巡るような世界だったよ本当に。この世のものならざる美しい姿に目を奪われ、以来ずっと追いかけている。

ハイド様がミサ(ライブ)を開かれるならば、国内のあらゆる場所はもちろん、海外公演にも参戦…参拝した。現場に行けないものも電波ミサ(ライブ配信)でカバー。彼がラルクとは別にやっているバンドのライブもくまなく詣でて、「神さま…」と手を合わせている。

ハイド様の話はそれだけで千夜一夜かかるので、このくらいで。

 

 

幼少期のじゃじゃまるは別としても、わたしは今まで、自分から推しを卒業したことはない。

向こうが引退したり解散したり、亡くなったりしたことはあるけれど、彼らの活動途中で自ら降りたことはないのだ。次の作品が楽しみ…!ということのエンドレスループできている。

 

ただ、熱量はもちろん徐々に落ち着いていて、好きになりたての、「強いやつドーピングしまーす!」って感じの、もっともっと!って燃え上がるような中毒症状から、ずっと穏やかに接種しているサプリみたいになるといったところかしら。そもそも向こうも歳をとってくるから、売り出し中の新人みたいに露出も多くなくなってくるし、リリースも減って金の使いどころがそんなにない。ラルクに関しては数年に一度しかコンサートやりません、て感じなので、閑散期は旧作や過去の姿を思い出して愛でることはできるけれど、物理的にリアルタイムでの活動はそんなに充実しない。

 

で、バンギャとして円熟味を帯びてきたところに、アジアのスターたちが現れたわけです。

まったくヒマになんねぇな。

好きなものがどんどん増えていく。

寿命さえ足りれば、最終的にこの世の森羅万象あらゆるジャンルに推しを見つけてしまうのではと、自分が恐ろしい。

 

ちなみに結婚相手は、自分と同じくらいハイド様を信奉する男性を選んだ。

色んなジャンルにそれぞれ推しのいる私と違って、ティーンエイジャーの頃から、唯一神ハイド、な人だ。

コンサート数日前から緊張で吐きそうになってる夫を見ると、ああこの人にしてよかったなと思う。

なかなかいいチョイスだったと思う。

初デートで、今までリリースした曲で好きなもののランキングを、アルバム1枚1枚についてやった。

くっそ時間かかって、飲み屋の閉店間際までいたような気がする。

「ほう、なるほど…」「そうきましたか…いや、わかるよ…」と、なんか趣味とか特技とか、ましてや仕事内容とか聞くよりも相手をプロファイルできるなーと思ったりした。

 

夫は私を、私は夫のことを愛しているとかとは別の次元で、推しを見て救われる気持ちとか、とにかく見るだけで幸せになったり元気になったりする気持ちとか、ステージでの頑張りに胸がぎゅっとなってベッドでのたうち回るとか…を、理解し合っているのは大切なことだ。

でもだからって、推しに対して恋愛感情を抱くこともないっていうのもわかっている。

ま、冗談で「ハイドになら抱かれてきてもいいよ!」って夫に言うことはあるけれど(笑)。

 

 

ていうか推しがいないと生きていけないライフスタイルやその価値観を理解する相手でないと、結婚とか無理だったと思う。

コンサート行かないで家事やれとか言われたら、しねと言われた…と思うだろう。アイデンティティの全否定だ。

はたまた、結婚したのにいつまでも芸能人なんかにハマって…とか言われたら、戒律の異なる宗教の人なんだと、お別れを申し出ただろう。相手だって幸せになれない。

わたくしとしましても、ラルクの曲を世界一いい音で聴きたいと言って、「えーそこまでする?^^引」っていう音響設備をせっせと整える夫に対して、無駄遣いするななんて言いませんよ。だから夫だってうまいことぴったりの妻を見つけたんだわ、よかったじゃねーか。お互い様だ。

もう世帯がひとつになるし、CDは一家に一枚でいいんじゃないか、ということを話し合ったこともあるが、「いや、でも聖書って一人一冊持ってるよね…?」と、二人それぞれに買っている。

最近はCDって3パターンとか出たりするし、そのうえitunesでも落としたりすると、夫婦合わせて同じ音源に6回も金を落としていることになる。一人一冊の聖書どころではないかさばり方だ。

20万円のDVDボックスはさすがに1セットだけにしておいた。

 

 

もう生活環境も推しを追うために整い、こうなったら、ライフスタイルが変わることはそうそうないだろう。何かをつねに熱をもって応援していくんだろうな。

って思っていたら、前回のブログから数日間、はじめて『道半ばで、推しをひとり、失うかもしれない』という緊急事態に陥った。Twitterも初めてちょっぴりお休みした。

そうです某レイちゃんのお話です。

どうなる美々矢、続きは後編で。

 

 

おまけ

このブログのど頭に戻るが、うちのパパとママは、けしてサンタは自分たちであったと口を割らなかった。

ちなみに娘が30代半ばにさしかかった今もなお認めない。すごい。すごい変わってる。

「え?いや、本当にサンタさんきてたから。ね、ママ?」「うん、きてたよ?」

と、ものの見事に2人してしれーっと答え続けている。

なので、私のところにはもしかしたら本物がきていたのかもしれない。なにせ本人たちが認めていないのだから。いないもんはいない。パパとママがいないと言ったらいない。疑ったら侮辱罪で国会に証人喚問するぞ!

 

保育園や小学校で娘がからかわれるかもしれないリスクをとってまで、頑にサンタは来ていたと言い続けた親の教育方針は興味深いところだ。

ただ、「サンタさんご褒美持ってくるから頑張ろうね!」と言われると、とっても元気が出たのは間違いないから、私に言うこときかせるには、いい具合に効いてはいたのだと思う。

ちなみに叔母もいつだったか、「あんたのところにはサンタクロースきてたよ」って言ってた。

どういう意味で言ったのかな。

 

小学六年生のクリスマス。もう来年には中学生。「サンタクロースはいるよ、だってうちにきてるもん」なんて言うと、ネタだと思われて逆にいじめられない年齢になっていた。

私だって99%いないと知っていた。でもいたらいいなとは思っていたし、笑ってしまうけれど、1%はいると信じていた。いつまでくるんだろうなー、サンタさん。なんて思いつつも、なんとなく、ここが本当に子どものおわりだ、と感じていた。

そしてクリスマスの日の朝、これまでと同じように枕元にプレゼントはあった。

だけどそこには、いつもの年にはなかったものが添えられていた。

英語でメッセージが書かれた1枚の絵ハガキだ。

そこにはこう書いてあった。

 

親愛なるみみやちゃん

これまで毎年、ぼくを信じて待っていてくれてありがとう。

ざんねんながら、ぼくがこうして君にプレゼントを持ってくるのは、これが最後です。

これまで毎年きみの成長を見るのが楽しみでした。

もうきみは、子どもではありません。

でも約束します。きみに子どもができたら、またきっとぼくはやってきます。

ありがとう、さようなら。

サンタより

 

朝からわんわん泣いた。

小学校六年生って、あらゆるものの正体がもうわかっている、けっこうな大人だと思うのだ。

なのに、サンタさんいかないでーって、朝ご飯をたべながらわんわん泣いた。

実際に会ったことはないけれど、なんだか心のなかで繋がっていて、時折支えになる、ずっと大事なひと。そういう存在が失われたような気がした。

あー、子どもじゃなくなっちゃった、っていうさみしさがあったのかな、なんて思うのは後づけ。

未だに、親が「みみはサンタから手紙もらったからなー」なんて言うもんだから、ちょっと心のどこかで、サンタさんに見守られているような気がしちゃう。

 

実生活と関係のない存在を尊び、心の支えにする素養が培われたのって、こういうのもあったりするのかなー、なんてふと思ったのでオマケでした。

 

すいませんけど、サンタクロース信じています。

あなたがたの家にはきていなかった。たしかにご両親がプレゼントを置いていたのでしょう。

でもウチの実家は違いました。私のところにがサンタさんはきていました。

だから私にとっては、存在します。

 

推せるぜサンタクロース。

(おまけが長いな)

Call me baby

 

 

「美々さん、ディウムのドームコンのDVD、観ました?」

 

彼女はちょっと興奮をおさえているような顔で尋ねてきた。

もし私が観ていたら、話したいことがある、という感じだった。

まだ肌寒い春のはじめの夜、渋谷NHKの裏手あたりの道だったと思う。シャイニーの代々木公演を観た帰りだった。

ひとしきりステージの感想で盛り上がったあと、そういえば、と彼女が切り出したのだ。

 

私は自分の書斎を思い返す。長机の上に広がるいくつもの書類や郵便物、積んだまま読まれていない本に紛れて、とりあえずパッケージを開けただけのDVDが、たしかにある。

あー…、となる私を苦笑いして彼女は見上げる。

 

「…観てないですよね?」

 

ーうん、観てないね。

 

そう答えると彼女は

「あれは絶対に美々さんに観てもらいたいんです…」と真剣な顔をした。

 

ーそんないい出来なんだ。かっこよかったもんね、東京ドーム。

「はい、でも、本編じゃなくて、もう1枚のほう。メイキングのDVDです」

ー何かあるの?

「それを、とにかく観てほしいんです。あれは…美々さんに」

しきりに私に、バックステージを納めた方のディスクを観てほしいと言う。

 

彼女がそう言うからには、私の推しであるところのレイちゃんに関する何かだろう。

「盲目的なカイペン」とTwitterのプロフィール欄に書く彼女が言うくらい、何か記憶に残ること。

 

正直なところ、私は自分の行ったコンサートのエディットされた映像作品を、あとから観ることをそこまで重視していない。自分の目で見た記憶が上書きされてしまう気がするからだ。

そこに記憶違いや美化の類いがあったとしても、それは私だけの思い出、そして風景だと思って大切にしたい。

ただ、すべてを覚えていられる訳でもないし、席によってはまったく見えなかったターンもあることを考えると間違いなくありがたいものではある。だからオフィシャルにリリースされたものは一通り買うし、マスターさんのドロップしたものも観るんだけれど。ていうかあーだこーだ言っても、ヲタとしては観ないという選択肢は、まあ、ないのでしょう。

(ちなみにエンタメを生で観ること以外を否定している訳ではない。あくまで、自分が観に行ったものを後から他人の視点を通したもので観返して、そっちの印象が強くなりたくないだけ)

 

 

先に言ってしまうと、最終的に観ることになるディウムのドームコンのDVDは、作品としては本当に素晴らしかった。

客席からは観れなかったアングルや、臨場感を煽るようなカメラのスイッチングは唸らずにはいられないし、メンバーの光る汗やアイシャドウの煌めきまではっきりと見える、彩度も明度もキレッキレの高画質…なんかもう美が爆発してて、観賞後にEXOすごいなぁと改めて思わずにはいられない仕上がりになっていた。

 

でも、ソウル、広島、札幌、台湾、東京、大阪、香港と、去年夢中で駆け抜けるように観た私のディウムには適わなかった。

DVDは、その土地の匂いや湿度や、キャリーケースの重さや、連れてきた感情、再会した友達とのハグ、ヒールの脚の疲労感、帰宅して家の鍵を開けるときの気持ち、そして自分の涙や汗のない世界なのだ。

いい悪いや優劣ではなく、私にとっての価値が全然違うと言った方が正しいかもしれない。

 

 

はっきり言って、美化されていたのはDVDのほうだと思った…と言うのはあまりに愛のない言い方だろうか、最高のみを切り取って繋げて、そもそも演出された舞台をさらに演出してパッケージングしているようなものなのだから、当然だろう、悪い訳ではない。

そしてそれを更に更にエディットした発売時期のTV用プロモーションスポットは、目を見張るほど盛れていた。痺れた。それは、それで正しいのだ。商品としての責任を全うしている。

でも、私のディウムではない。当然私の観たかったものだけが映っているわけでもない。

 

やっぱり私は、アイドルを追うことに関しては、その時に観たいものを、観たいその人を、二度と来ない瞬間に肉眼で観ることの絶対的な価値を信じている。

その時の究極の生モノである自分の感情や気分、置かれている状況を抱えながら、二度と会えないその時の推しを観る。一瞬が永遠になる尊い体験を心から愛しているのだと思う。

 

追っている間、もちろん自分にも生活があったし、生きてるんだから毎日調子も色々だし、推しにも色々あった。いや、推しに関してはオモテに見えている部分しか知る由もないけれど、それでもほんと色々あった。とにかく様々な感情が通り過ぎていった。それを踏まえてのステージと自分なんだ。

それを後から正確に思い出したり、自分の感情や状況を再現できる訳がない。

万が一未来の私がタイムスリップしてこのディウムコンを観たとしても、もう今とは全然違うものが観えるはずだ。

 

そんなわけで、DVDをしばらく放っておくのはいつものことなのだ。

 

 

だけど生まれて初めて、アイドルコンサートのDVDで、自分の思い出とセットでずっと大事にしたいと思うものに出会った。

そしてそれは、先ほどから私にDVDを観るよう勧めてくれたカイペンの友達と、推しを取り巻く不安な気持ちと、いろんなタイミングがドラマティックに運んでくれた。

ーわかった、時間みつけてそのうち観るわ。

わたしの”そのうち”がそんなに近くないことを読み取った彼女は、それでも

「忙しいと思いますけど、是非ですよ…!」

と別れ際も釘をさした。

 

渋谷の駅に向かう雑踏に消えていった彼女は、今度推しを観にLAに飛ぶと言う。

本人にしたら「ちゃんとステージ立つんだろうな?」ということをはじめ、いろんな緊張はもちろんあったと思うけれど、すごく前向きに色んなことがまわり始めている予感はあったと思う。

それはこれから「春が来る」ことを確信していたからだろう。

彼女の推しにも色々あった。でも、確実にその闇から抜け出しつつあった。それは客観的に観てもそう思った。

ソウルコンで、「じゃあいってきます!」と会場に向かう楽しそうな彼女の後ろ姿を見送った後で、カイくんが怪我をしたこともあった。

カイくんが踊れなくても彼女は来ていた。札幌公演ではお互い推しの心配で吐きそうになってたし、年末の台湾・東京・MAMAライビュ・大阪の怒濤のEXO供給で、ちょっと頭おかしくなっていたのを後々証言しあえる人だろう。

そんな彼女が「絶対に観て」というものとは。

 

 

でも、そこからあっという間に2ヶ月が経ってしまった。体感は2秒くらい。

もちろんDVDは手つかずのまま。

仕事は相変わらず忙しくて、移動時間は飛行機だけでも100時間を越えたと思う。

(この上半期は、すでに2年分くらい働いたと思う…もう満足)

いつでもいいというようなものに対して、時間を捻出する余裕はない。

 

その間、レイちゃんはいくつかのディウムに参加できず、日本のペンミを欠席することも発表された。

そしてとうとう、アンコンに出ないということも。

 

憤ったり悲しんだりする気持ちが、パワーダウンしていた。

 

レイちゃんはもちろん、誰かや何かが局所的に悪い訳ではないというのは、もう一昨年から何億回もぐるぐると言い聞かせている。答えは出ているし、そして出ない。

自分のブログを見返しても、とどのつまり私のこのヲタ活、やられては立て直しての繰り返しだね!?と笑ってしまう。パンチドランカー感出てきてませんか。

 

応援の仕方は人それぞれだけど、今いるEXOのレイペンにも、同じように何度もそういうのを繰り返して自分を納得させてきた人がいると思う。

”一番つらいのはレイちゃんだよね””レイちゃん頑張ってるんだから、信じよう!”っていう最強の呪文とともに。

そして、個人活動は応援してるんだよ…っていう切ない気持ちも一緒に。

だってわかっているから。大陸のスケジュール、事務所の方針、政治的な背景、日本と本国の力関係…どれがどの程度作用しているかは知らないけれど、いずれにせよそれが自分にはどうしようもないということも、だからってペンをやめられる筈なんてないっていうことも。

 

でもさすがにしんどい。そして純粋に残念で哀しい。

いいファンというのが存在するなら、それがどういうものかわからないけれど、会えてこそのヲタ活を標榜する私としては、この安定供給されない感は、なかなか、マジで、非常に、しんどい。

ついに言いますがしんどいですごめんなさい。

全然大人になれない。

今の彼を観れないなんて…ということが、この世で一番もったいないことに感じてしまう。

 

音楽やアイドルは私にとって、趣味なんだけれどもちょっと医療行為のようなことだったり、カタルシスだったり、宗教活動に近いものだったりするような部分がある。ま、いっか。で終わらせられないことがたくさんある。

夫や家族、友達、同僚…リアルに側にいる人とは、大切さの種類が全然ちがう存在だ。

 

たとえば多忙を極めてくると、体は疲れているのに神経は冴えていて眠れないことがある。

そんな時に聴いていたレイちゃんの歌は子守唄のようで、慰めで、それを生で聴いたときは、本当に救われるような気持ちになった。大げさだけど、今日まで生きてこの場に辿り着いたと思ったし、ここからまた生きていくんだと思えた。

自分よりずっと歳下の男の子が、何と歌っているのかすらわからない言葉なのに、ララバイでアメージンググレースで、ハレルヤなんだ。よく治癒がスペックのユニコーンと言われているけど、本当に彼は私のおくすりに近い。

大変だったことも、コンサートで彼を観ればすべて報われたと思える。自分より頑張っている人の背中を見て、鼓舞されるような気持ちにもなる。あと単純に楽しくて涙出る。

 

でもあの懺悔からの福音みたいな瞬間(なんのこっちゃ)には値段がついていて、自分の自由な時間は約束されておらず、体調も崩してはいけない。

そのすべてが揃っていても、突然にキャンセルされることがあるって、あんまりだからね…。そりゃ「しんど」ってなるでしょ? 一回や二回ならまだしも、二年に渡りそれと闘っているからね…そりゃ多少ガス欠するわ、そもそも燃料ないから会いたいんだし。

 

 

で、こういう感じになってくると

「EXOってなんだろう」

ってなるのだ。

ついに一度も歌って踊っているところを観られなかったComing Overを聴きながら、これ私の好きなグループの曲だよね? なにこの自分の白けた感情は…と戸惑った。日本曲イマイチとかそういう問題じゃない。

「誰も置いて行かないからMove that side to side」とレイちゃんが歌うところ。”誰も置いていかないから”の意味を本人が理解してから歌ったのかと思うと、ちょっと込み上げるものがある。

それでも会場では、続くドロザでブチ上がって出てくるレイちゃんが寂しさを払拭してくれたけれど。

結局そういうことの繰り返しなんだ。

 

EXOは好きだけど、それはレイちゃんのいるEXOなんだと、つくづく実感した。

というか、メンバーにレイちゃんが正式に含まれていて、それがEXOというグループである以上、8人での活動は、わたしてきにはチェンベクシとかと同じスピンオフに近いっていうか。何をもってしてEXOなのかと。

 

そうなるとですね、ペンミは本当に辛い。

レイちゃんが来ることに賭けて、3日間とも応募し、当選していた。

(そもそもファンのためのファンクラブイベントで、メンバーの1人がくるかこないかが賭けっておかしいけどね…この話長くなるからいいや…もう疲れた…)

そもそもパフォーマンスが一番好きだし、推しのいないわちゃわちゃしたステージを観るために、金曜の夕方に幕張まで出て、3日コンプする余裕はお姉さんにはないわ…という感じだった。

でもチケットはもったいない。土曜の1公演だけでも観るか、みたいな。

現地で会えたらいいねと言っていたレイペンさんも、ほとんどがキャンセルをしていた。

 

すっかりやる気が削がれていたが、それだけのためにでも行きたいという楽しみがひとつあった。

そのカイペンの彼女と、幕張に宿泊するという計画があったのだ。

本当なら金曜観てそのまま宿泊、という予定だったけれど、レイちゃんがいないなら頑張れない…とダラダラ20時くらいまで仕事をして、21時すぎにチェックインした。

しばしば、「そんな忙しくてアイドル追っかけるなんてよくできるね」と言われるが、それは違う。

むしろアイドルがいたほうが頑張れる。レイちゃんが出たのなら、キレっキレの鬼効率で、たぶん16時には仕事終わってた。

 

もちろんペンミを観た彼女は、真っ赤なワンピースで、にこにこで現れた。まさにデート後の女の顔をしていた。

カイくんがとてもカッコよかったと本当に嬉しそうだった。

コンビニで買い込んだお弁当をベッドの上で食べながら、でも胸が一杯でほとんど喉を通っていなくて、LA公演でちゃんと会えたこと、現地で本当に楽しかったこと、今日のカイくんは去年事件があった後のペンミとは違全然うことを、沢山話してくれた。とにかく幸せそうで、こちらまでハッピーになった。すごく気持ちがわかる。

それだけのためでも、ペンミはあってよかったなと思えるくらいに、一時的に心の広い人になれた。

人が楽しそうにしてるのを観るのは何より最高だね…それが共感できる内容だと尚更ね。

LAのお土産にと、ユニコーンの書かれたレターセットをくれた。

 

そして彼女は、件のDVDを持ってきた。

私と一緒に観てガールズナイトを盛り上がろうというよりは、今夜はこれをこの人に観せなければ、という使命感だったのだろうと、今になって思う。

まずは本編であるステージを2人で観た。とっても楽しかった。冒頭に書いた通りのできばえ。

レイちゃんがEXOの単コンで初めて立ったドーム公演だし、本当にみんなかっこよくて、ベッドの上で2人してキャーキャーした。

それが終わると、彼女はDVDを差し替えた。「絶対に観て」と言ったバックステージが収録されているものだ。

ディウムの日本公演をひとつずつ追っていたもので、ある瞬間に私は真顔になった。

 

 

札幌公演。

 

 

コンサート前日にレイちゃんが空港で倒れて、気持ち的に一番辛かったやつ。色んなこと考えたやつ。

自分のブログを振り返っても、「ハ、ハード…」となるところ。

彼女とも、1日目が終わって2日目の公演前、札幌市内のカフェでしみじみと「推しを観ることとは」と語ったっけ…。(カイくんも全部出ていない)

 

そんな公演のリハの様子が映っていた。

それまでキャッキャと話していた彼女が、急に静かになった。

だからこの先に何かあるのだろうとおもったけれど。

 

目を疑った。

 

 

リハでウルフの練習をしている風景が流れ、なんとレイちゃんがとっても楽しそうにカメラに向かっておどけているのが映っていた。

 

ちょっとよくわからない。

 

ー…これ、なに?

 

「札幌のリハですよ」

いやそうなりますよね、という顔で彼女は答えた。

「私これ観て泣いたんですよ」

とも言った。

 

ー待って、いつなのこれ。

 

「札幌公演のリハーサルです」と、彼女は繰り返す。

 

私の涙腺からは涙は出なくて、ただただ驚いた。

ああ、そうだったの。そうだったんだねぇ、レイちゃん。と、心の中で誰にともなく呼びかけていた。

 

彼女はやっと話せる、というふうに言った。

「こんなふうに楽しそうにしてる人が、本当はしんどくて来たくないとか、EXOの活動したくないとか、そんなこと絶対にないですよね。いつもステージに立ちたい人ですよね。これ観て、レイさんは本当に来たくて札幌まで会いにきたんだと思って…だからこれを美々さんにみせたかったです」

 

そうか、そうか。としか言えなくて。

もう一回観ていい?と、すでに時計が4時をまわっているなか、もう一度playのボタンを押した。

窓の外がうっすら明るくなっているのが、カーテン越しにも分かった。

 

制作というか事務所が、この公演の前レイちゃんに何があったか知らないということはないだろう。

敢えて入れたものなのか、それとも、偶然選ばれた素材のひとつだったのだろうか。

チャニョルの歌に合わせて、おどけてワインを飲むフリをするレイちゃんをぼんやりと見つめた。

 

そして起きてからの第一声が「てかあれさ…」という主語もなにもあったものじゃないという切り出しに、「ええ、わかりますよ」と彼女は返した。

なんだかすごく、ディウムの楽しかったことを思い出した。

わたしたぶん、これを観るために幕張にきたんだなと思った。

 

 

 

そうやって、これからも応援しようとじんわり心に誓ったんだけれど、でもやっぱり、アンコンのあった今夜はつらくて。

8人が輝くほど、衣装が素敵なほど、演出が素晴らしいほど、幸せな空間であるほど、心が死ぬ。

輝くペンライトの海と、夏の訪れを祝福するような花火。推しのいない景色は、こんなに哀しいのかと今日ほど思ったことはない。

そして自分の器の小ささにもびっくりしているし、落ち込みにおどろいている。

そこにあるすべてに、拗ねているし僻んでいる。

やだよー。

 

冷静にいよう、仕方ない、楽しい予定を入れようと思っていた筈だけれど、最初に8人のフラッグしか掲出されていない会場の写真を観たときから、ちょっとレッドラインを超えた感はあった。

ちゃんと考えれば、設営途中のものというのはわかるのだ。なんでその状態のものがバズったのかは別として。

もちろん開場したそこに9人分のそれははためいていたし、たぶん足りなかった1枚が他のメンバーだったら「途中だよね」となるところだ。そんなふうに思えなかった時点で相当キてるし、世界中の決して少なくない数の人がそうやって騒いだのも、もう”そうかもしれない”っていう恐れや疑いがあったからだろう。色んな言語の「レイはどこ?」を見かけた。

 

でも、旗があろうが、いつものようにスクリーンに彼の映像が映って歓声があがろうが、チャンイーシンコールが起ころうが、すうちゃんと電話で話してようが、そこにいなかったんだ。

いなかったです。

あの一年の頑張りの最後に、彼はステージに立てなかった。

そして立ちたかったろうな、と思ってしまう。

わたしもディウムの集大成を見届けることができなかった。

心では繋がっている、いつでもEXOはひとつ、という信じる気持ちをダメージが上回った。

それまでの公演がなくなっちゃうわけじゃないのはよくわかっている。

でも何を見せられても私には、”そこには彼が、その曲は彼が” ”いるはずなんだ、歌っているはずなんだ”しかない。

何もない空に、しなやかに力強く踊っているところを観てしまうだろう。

だって私はレイちゃんしか観ていなかったんだもん。10回以上観たディウムなのに、レイちゃんがいないとどう楽しめばいいかわからないんだ。

 

レイちゃんがインスタに上げた、他のメンバーの写真に添えられたfightingという短い文字が、深く心臓に突き刺さって画面を閉じた。

ごめん、少なくとも私は頑張れない。

 

あのレイちゃんの投稿に対してペンがTwitterで発信するいろんなことは、それぞれ全部正しいんだろう。

そしてそれも、何度も繰り返していることだ。

頑張れる人は頑張ってほしい。

あれもこれも乗り越えたけど、ちょっと打ちひしがれて、私はここからしばらく歩けない。

 

だけど、目と心を奪われた彼のダンスを観た記憶は一生の宝物だし、札幌公演のあのリハの映像は、ちょっと心震えるものがあった。

レイペンとして、いまそれだけで生きているかんじ。

未来で待ってるからと言う元気がなくなってしまった。

EXO活動に関しては出ることがあれば行きます、大陸スターのチャンイーシンさんをメインに応援しますから!とスッパリ割り切れないほどには、EXOは長い間私の大切な存在であったのだから。

そりゃ執着するよ。諦められないよ。

「これを美々さんに絶対観てほしくて」と、自分のことのように真剣になって、大事な映像を教えてくれるような友達のいる場所でもあるし、簡単に手放したくだってない。

じゃあ次のカムバで登場したら、それでいいんだろうか。わからない。

 

アンコンの夜に、友達をたくさん呼んで、夫にも手伝ってもらいホームパーティをした。

TL見てたら寂しくなりそうだなーと思って、気まぐれにそんな予定を立ててみた。

非常に珍しいことだ。

正月に実家に帰って以来包丁を握った。スマホにはほぼ触らずに、凝った料理を無心に作った。可愛い食器を引っ張り出して、プレゼンテーションも気合いを入れた。

「美々のゴハンは幻レベルにレアだからなー」とか「どういう心境?」とか笑われたけど、自分にもわからんよ。

本当ならこれは開催されてなかったのよ、なんて思いながら、ナスのタイサラダうまくできたわーとか、ちらし寿司はすべらないメニューだわーなんて考えていた。

仕事のこと、将来のこと、流行ってるスポットのこと、旅行のことをみんなと話して楽しく過ごした。結婚式のときの写真やビデオを観たりもした。

そして皿洗いも早々に、レイトショーでガーディアンズ・オブ・ギャラクシーを観に行った。最高に楽しかった。

わたしがもしEXOを失ったとしても、そうやって、いくらでもいろんなところに楽しい世界はあるのだ。

そう、他にも楽しいことは沢山ある。

けれど、ひどく寂しい。

 

僕を僕として存在させる

僕の世界はひたすら

you’re the one

Girl you’re the one I want

輝くものは山ほどある

その中で本物を見極めるんだ。

Call me baby Call me baby

Call me baby Call me baby

 

私の日常のなかで、その一つが間違いなくEXOだったんだよ。

 

EXOから心が離れてしまうのが、EXOに失望するのが、とても寂しい。

そうならないように願うけれど、今はわからない。

わからないけれど、こんなただの弱音吐くほどには、わからなくなってるということはわかる。

長らくEXOのいない自分でなかったから、それがどんなだったか忘れた。

レイちゃんの名前を必死に呼んでいなかった頃の自分って?

 

ずっとEXOにときめいて煌めいてきたから、ときめいて煌めかない自分が想像がつかない。

 

 

 

ちょっとコミベビあたり聴きながら、超おセンチになって寝ます。

(いやこれマジで自分とEXOの歌なんじゃね?って)

おやすみなさい。起きたら元気になってますように。

 

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2016 EXO'rDIUMと推しと、ときどきわたしの覚え書き。

 

 

1231日です。

今年もみなさま大変お世話になりました。

ヲタ活とヲタ友のみなさまのおかげでまた延命できました(社会的に)。

 

さて、ブログ上やり残した事と言えば、広島以降のEXOディウムの振り返りでしょうか。

ゆっくり所感を残したいなあと思いつつ、仕事もヲタ活も忙しすぎてやっと落ち着いたと思ったら大晦日。もうすぐ新年。

というわけで、駆け込みアップをしようと思います。

 

…と思ったのですが、たやすく途中で力尽きました。

1月2日です。

本年も宜しくお願い申し上げます。

 

 

ーーーーー

 

 

夏にあったディウムの皮切りであるソウルコンから後ろ、わたしが参戦したディウムは以下。

 

広島、札幌、台湾(タイペイ)、東京、大阪

2月には香港にも行く予定です。

 

うーん、それぞれに色んな思い出があって、その土地土地で楽しかったなぁ。

 

しかしいざ振り返ってみると、EXOディウムと言いつつも、本当に徹底的に”レイちゃんディウム”を見たのだなという印象だ。いや、印象とかじゃなくて事実そう。

ステージ上で主に推しを定点観察するというのはまぁ元からだし、それは心に決めた一人がいるというヲタの基本スタイルだと思うけど、今年は我ながらその思いつめ方というか、執着や執念がすごかったかなと思う。

 

レイちゃんを1秒も見逃すまい、彼の頑張りから目を離すまい、一時的に視力が8.0くらいになりたいし瞬きしなくてすむ構造になりたい…と、人体上のトランスフォームだかメタモルフォーゼだかすら渇望しはじめるほどだった。

そんなわけで、客席がどこであろうとも、肉眼で、双眼鏡で、スクリーンで、とにかくレイちゃん、レイちゃん、レイちゃん…。

導線もスクリーンで抜かれるタイミングもすべて身体が覚えていて、暗転中の動きにですら目を凝らしていた。

特に後半にかけて、思い詰め方がどんどん強くというか、切羽詰まっていったなという感じ。

 

 

楽しくEXOのコンサートを観に行ったという、それだけでなく、レイちゃんのことを固唾を飲んで見守る感が、まちがいなく非常に強かった。

おまえ、レイちゃんの何なんだよって、ファンなんだよ……ファンなの…。

 

最初その理由を、私は自分でも整理しきれていなかった。

てっきり、去年日本では会えなかったことをはじめ、何かとEXO8人仕事(しかもそれが全員登場と謳われるなど)が当たり前のようになっていたり、とにかく次にいつ会えるかわからない、っていうことが根底にあるからなのだと思っていた。

実際最初は、そんな気持ちもあったかもしれない。

 

でもよく考えたら、レイちゃんのいるところにはこちらから全然行くし、そういった意味ではこれからも会える。

スマップだって解散しちゃう世の中なんだから、「次にいつ会えるかわからない」なんていうのは別に異国のアイドルに限った事ではないとも、意外に冷静に思っている。

 

結構根強く顔を出す”いるはずのところにいないという寂しさ” や ”EXOのレイちゃんが見たい” というのと、”彼の個人活動は応援している” ”大陸ぐぅぐたちにも愛されてレイちゃんよかったね” という2つの気持ちがせめぎあって苦しくなるのも、「いや、レイちゃんがどこにいても、彼を信じて愛そう。彼は何も捨てない人だ、応援しよう」というアガペーにより何とかクリアできたのも今年。

 

悟りとか諦めとかじゃなくて、「信じる力が愛を自由にする(byアンジェラアキ)」的な境地に達しました。

母国でスターダムを駆け上がっていく姿はほんとに眩しいので、だからそれとはまた別の理由なんだろうなとは薄々感じていた。

 

で、それを確信したのが広島。

完全に自分の応援のスタンスに答えが出たのは札幌。

その上で追いまくったのがバンコクと東京。

はたと振り返ったのが大阪。

っていう感じです。

 

 

それぞれを順番に思い出して、残します。

 

 

あとから見返す何年後かのわたしへ。

2016のわたしは、レイちゃんていうアイドルをこんな風に追っていました。覚えてる? 

きっとわたしのことだから、すぐ何でも忘れちゃうと思うので、ここに書いておくからね。

自分のブログなんてろくすっぽ読み返さないから、恥ずかしくなったらごめん。

あーそうだったね、って懐かしんでね。

すっごい長いからね。途方もなく長いから。多分相変わらず忙しくしてると思うから、時間あるときに見た方がいいよ。なにせ8公演分だからね…。もし夜だったならスクロールせずに早く寝てね。

そしてあなたにとってEXOが過去のものになってしまっていたのなら、ちょっとCD引っ張り出すかデータ探して聴いてみて。

 

 

 

【広島】2016.9.13

 

公演の前から、レイペン界隈では本当に色んな意見が飛び交った。

レイちゃんは、日本ディウムに参加するのか否か。

 

わたし個人としては、「レイちゃんは来てくれます、彼はやる男です…」みたいなことを言って、それ的なハッシュタグを拡散するのは何だか違和感があるなと感じていた。

彼を信じている事と、個人の意志(しかもあらゆる仕事と契約・所属関係にある芸能人の)では何ともし難いビジネス上のスケジュールの切られ方は別次元の話だと思うからだ。若いペンちゃんたちが一生懸命そう言っているのは、微笑ましくある気もしたけれど。

 

レイちゃんのことは、来ても来なくても信じてるんだよ。そんなの当たり前じゃん…。

来たら嬉しいし、来ないと悲しい。でもその結果をあまり、ペンがレイちゃん個人に背負わせるべきではないと思っているだけ。

わたしにできるのは、広島を楽しみにしている、ということ。

だから、レイちゃんの気持ちというよりも、彼の現実的なスケジュールが調整される事に対して祈ってます、という感じだったかな。

本当にレイちゃんを信じるというのは、基本的な意思として彼は来たいと思っている、というのを大前提に認識し続ける事ではないのかなと。

 

で、そんなふうに胸に手を当てているうちに、空港サジンがあがりました。

 

Twitter

「レイペンやったねーーーーーー!!!(;;) 日本リューションの悲しみをやっとしまえるね、全員でハイタ!!!」

とつぶやいたら、レイペンのフォロワさんたちから滝涙とハイタの絵文字つきのリプが飛んできたり、他推しさんからも祝辞が沢山届いたりしたのは、本当にいい思い出です。

レイちゃん日本ディウム参加おめでとう、ってラインもいっぱいもらいましたが…きっとそれまでわたしが、れいちゃんくるかな!!!って、騒ぎすぎてたんですねきっと。すいませんありがとうございます(笑)。

 

 

広島は本当にいいステージだった。

 

ディウムの幕開けで、ああ、今回の日本ツアーはレイちゃんがいるんだなって思ったら、行きの新幹線のなかで既に泣けた。

うちわを振る相手がいることの幸福感。

会社から出て向かったので、うちわが人目につかないようにすっぽりおさまるトートバッグを探さなきゃいけなくて「もーっ」ってブーブー言う幸福感…。

一緒に行ったギョンスペンの友達も「本当よかった…レイペンと遠征するの、レイさんが確実に来るってわかるまで緊張する。こなかったら今葬式みたいでしょ…」などと言ってましたね。いつもすみません。

 

広島は本当にいい意味で、日本の地方公演という舞台でのよさがすごく出ているコンサートだった。

やっと見られる”9人のEXOの日本単独コンサート”ということでいつになく緊張していたけれど、とても楽しくて幸福な夜になった。

 

程よいキャパ、気負わないサイズの会場と地方都市、温かくてマナーのいい観客。

彼らも肩肘張ることなく、本当に本当に終始楽しそうに動き回っていたし、嬉しそうに覚えた日本語を話していた。

彼らはプロだから、いつだって全力でステージを届けてくれるけれど、居心地のよさみたいなものが如実にこちらに伝わることもあるんだなって、ほっこりした。

一人一人がリラックスしてるのに個々に最善を尽くしていたし、語学のことだけでなく日本のペンとまたぐっと距離が近づいたなーと感じたよ。

 

わたしは地方出身者なので、中小規模の会場にスターがくると、とてもありがたい気分になるのが今でも抜けない(笑)。

これだけの人数しかいない前で、世界中にファンのいる中国の至宝・チャンイーシン様に、寸分の手抜きもない妖艶な舞いを披露して頂いて…ありがたや、ありがやた……と手を合わせました。

本当に、忙しくて大変ななかで、こういうパフォーマンスをしにきたんだなって思うだけで尊敬する。それが仕事だと言えばそれまでだけど、所謂仕事を越えた話だろうと思うんだ。

 

で、その規模の会場でイーシンが本気出すと、客の一人あたりがくらうフェロモン濃度がすごい。

薄まらずに届くみたいなやつ。分配人数少ないみたいなやつ。

いやもちろんそんなことはない。ドームの遠くの方で繰り出された腰打ちにも「孕む」って毎度のたうちまわってるんで、会場の大きさは全然関係ないんだけども、なにせエロが近かった(言葉)。

 

White noiseとかThunder、Artificial loveで、どエロい推し様の遊戯を間近で見て、思わず、真面目で上品なギョンスペンの友達に向かって、うわ言のように「セックス…」と呟いていた。

下ネタの非常に苦手な子なので、やべ、とハッとして口をつぐんだんだけど(遅いけど)、「うん、それ的なものだねこれは…ギョンちゃん見たいのに集中できない…」と返ってきたね。

イーシンすごい。

 

神席のおかげで、夢中で振った『LOVE LAY』という文字が大きく書かれたうちわに、Lマークをピッピッピと飛ばしてくれるというペンサももらって、隣の友達が「キタ!!!!!!」と腰を抜かしていた。

後から、「美々が撃ち抜かれる弾が見えた。私の横をかすめる弾道が見えた…」と心底感心した様子で話していた。

レイちゃんはね、ガンマンなの…ペンサという名のピストルに愛を込めて、レイペンを撃ち抜くんだよ…。座席がレイペンの隣になったら最後、流れ弾に当たってうっかり巻き込みペンにならないようにご注意ください(盲目)。

しかも客席のペンに対して「ヌナでも妹でもなく、僕はBABYって呼ぶよ」っていう凶器をぶん投げてきて、それがわたしの胸にももれなくサクッと刺さった。

まだ抜けていません責任とって!!!

 

きっと言うと思っていたし、言わなくていいよとも、聞きたいなとも思っていたようなこと。

レイちゃんが、去年はこられなかったけど今年は参加できて嬉しいと話して、深々と頭を下げた。

謝るみたいなことはしなくていんだよ。

その本気のパフォーマンスがすべてだから。

イルコン今年はきたね、待ってたよ、とか心の中で色々声をかけたけど、パフォーマンスの華麗さに、湿っぽい事、すべて吹き飛ぶから。

9人のEXOだね。

そう言うと、あまり登場できなかったカイくんは?となるかもしれないけれど、彼の「この次は2倍も3倍もかっこよくなった僕を見せます!」というリベンジの誓いもハッキリ聞けたし、この日は間違いなく9人のステージだと思ったよ。しょぼくれたカイくんでなく、悔しいカイが現れていい兆候だなってにこにこしたんだ。

 

結論その1
レイちゃん、どこにいても応援してる。

 

 

 

 

【札幌】2016.10.12-10.13

 

わたしの中で今年一番の公演でした。

これを越えるものは、もう見られないかもしれない。

 

一人の人間が命燃やして舞台に立つのを見たという感じがした。

 

それがいいとか悪いとかではなく、目撃してしまったそのことが、鮮烈に目に焼き付いている。

いや、目はもちろん比喩で、脳に深く刻まれたわ。将来歳とって頭がぼんやりしてきても、絶対忘れないだろうというくらい脳の深いところに、くっきり刻まれたと思うわ。

 

※ちなみにこの公演参加に関しては、すごく意見の分かれることがあったと思うので、本当に一個人の所感として読んでください。異論反論とか、怒ったりとか、しないでくださいね怖いから。怖いのむり。

 

 

レイちゃんは公演の前日、札幌入りするために行った韓国の空港で倒れた。

どう考えても過労でしょう。

 

平日の地方公演ということで、この日を空けるためにわたしはかなり前から仕事での調整を必死でやっていた。

ここに辿り着けさえすれば、どんなに睡眠や労力を捧げてもいいと思った。

フルタイムのOLが、冠婚葬祭でも病欠でも何でもないところで丸2日平日休みを取るというのは、この国では一般的になかなかにハードルが高い。

それに漏れずわたしもそうで、毎日しんどかったけれど、レイちゃんに会えるというただその目標があったから頑張れた。

うちはダンナがヲタ活に寛容だし子どももいないけれど、そうじゃない家庭を持つ人はさらにもっと大変だと思う。

時間・体力・財力・環境のすべてを整えないとアイドルには会えないんだよね。

1つの公演に辿り着くというのはそういうことだ…。

 

その日に関しても、チケットはもちろんエアーもホテルも押さえていたけれど明日飛べるかわからないな…という瀬戸際で、色んな案件をぶった斬っていた。

最悪家に帰れなくても風呂に入れなくても身一つで辿り着こうと、非常にヨレヨレしていた。

公式から欠席のお知らせはきていないし、これは大丈夫だろうとTwitterもまあまあ深い時間まで放置していたら、色んな友達から「レイちゃん倒れたって…」と、ラインが届いていた。

 

なんか、去年のリューション不参加のお知らせ以降、修行が多すぎる。

 

この日ばかりは、さすがに自分が可哀想になった。

どんなときも、「いや、一番可哀想なのレイちゃんだから。一番つらいのはレイちゃんだから」…って思ってきたけど、ちょっと自分で自分をよしよししたよね。

抱えていた書類をバサバサと床に落として蒼白で廊下に立ちすくむ…なんていうことはしません、マンガやドラマじゃないので。

ただ、取引先に「夜分にすみません」と電話しながら、手の先がうっすら冷えているのは感じていた。

レイちゃんは無事なの?

 

ここからまたTL上に阿鼻叫喚がこだまして、思い返してもしんどい…。

レイちゃんを心配して回復を祈る人、最新情報を求める人、それが少し落ち着くと本人への自己管理ができてないというバッシング、事務所叩き、なんかよくわかんないけどペン同士の喧嘩とか、関係ないメンバー叩きとか。

祭りにいとまがねぇな。おばちゃん辟易しちゃったよ。

参戦する人もいれば、ミュートをキメる人、鍵をつけて吐き出す人…色々でしたね。

すべて愛故のことだとはわかるけれど、それをぼんやり見つめて逆にびっくりするくらい自分が冷静になっていた。

 

TL上はもちろん、どの国のペンも「レイちゃんを札幌に行かせるな」「もし行くならレイちゃんは自己管理ができていない」「運営は今すぐ全予定をキャンセルして休ませろ」「SMは鬼畜」の大合唱。

 

それを横目で見ながら、デスクでしばし天を仰ぐ。

今必死で片付けようとしているこの仕事、わたしはやりきるのかな?

やって意味ある? 推しに会えないかもしれないのに?

 

レイちゃんを案ずる気持ち。

会えないかもしれないことに絶望、崖っぷち。

強い口調の色んな意見に疲弊し。

さて、業務上のスケジュールと、明日以降の旅程は変更なし?

(ラップ調で読んでね!☆)

 

そりゃMICつかんで聞いてくれおれのリリック、ともなるよ。

じゃなかったら演歌。

 

 

「美々矢、今夜納品のアレ間に合いそう? 無理なら明日朝イチでもいいけど」

 

先輩の声にハッと顔をあげる。

1人フリースタイルダンジョンやってる場合ではなかった。

 

こういうとき仕事はありがたい。

推しのくるこないに関わらず、業務上営業日を2日潰してスケジュールを組み替えた事実は変わらないのだ。変更前に戻す事はできない。

しばしトイレに籠り、洗面台で丁寧に手を洗い、髪をひとつに結んで、わたしはとにかく仕事を片付けることにした。

できることは、それしかないんだ。

 

レイちゃんごめんね、本当にごめん。

100心配してあげられたらいいんだけど、会えないかもしれないってがっかりする気持ちを1ミリも持たないことはできないよ。

こんなに心の支えにしてごめん。仕事を頑張る目標にしちゃってごめん。

札幌に行くレイペンがわりと沈黙していたのも、みんな同じような気持ちだったのかなと思う。

 

「レイちゃんと同じくらい毎日を頑張っていたレイペンさんたちが、それでも会いたいと思うのは悪じゃない」ということを何人かのフォロワさんが仰っていて、それにはすごく救われた。

 

あの状況で、「会えないなんて悲しいな」なんて呟こうもんなら、血祭りに上げられそうな雰囲気漂ってたからな。そんなことなかったとは言わせないよ…実際そうだったよ。

レイちゃん欠席推奨・事務所叩き派=レイちゃんを案ずるいいペン 

レイちゃんそれでも見たい(もしくは見たい人擁護)=レイちゃんのことを考えない自分勝手なペン

みたいな単純構造できあがりつつあってネットやっぱこえーな、って思ったもん。

戦争ってこうやってはじまるんですね。

世の中のほとんどはグレーなんですよ!

 

札幌に行くな、という圧倒的多数の声が響くTLのなかで、カイくんが「心配しないでね、レイヒョン明日くるからね」ってVアプリでお話してくれたのにも、なんだかじんわりと救われた。

くる可能性が高くなったことに対してというより、カイくんがそうやってペンを安心させようとして、メッセージをくれることがまず嬉しかった。

それは事実なんだ。

だって人間の気持ちは、きれいにひとつだけじゃないじゃない。

そしてそんなカイくんも叩かれて…ごめんね(と、あやまるレイペン)。

事務所はカイくんは休ませるくせに!!みたいなのも散見したけども…ヒエーやだやだ。

 

 

粛々と仕事を片付けて、夜が明けてわたしは札幌に向かった。

夜の間中何を考えていたか、何も覚えていない。

ただ、とても疲れていた。

 

陽が高く昇る頃には、レイちゃんは札幌に着いていた。

カイくんが予告したり、公式が色々アップしたからじゃなくて、きっとそうだろうなって思っていた。レイちゃんはきっとそうするんだろうなって。

 

出るなら出るで、わたしも覚悟を決めなくちゃいけない。

体力のある若い人が、公衆の面前で過労で倒れるって、ちょっと尋常じゃない状況だ。

出たところでどんな状態かわからない。

それを直視できるのかな。

でも、その辺の覚悟は不思議とスッと持てた。さすがはレイペンだな、と自分でほぅほぅ、と思ってしまったくらい(でも涙目)。

 

 

『一夜明けて、レイちゃんがステージに立つことはもう決まったよね。ペンはどうする? 

心を強くもって楽しむ覚悟を決めたのか。 

スタッフや運営、自分と違う考えのペンに敵意を向けることがレイちゃんへの愛とイコールにはならない。

心を配るのは自分がわかってればいい』

 

そんな心持ちだった。

この一年で、またちょっと強くなった気がする…いいか悪いかは別として。

 

決まったことを受け入れて、全力で応援するしかないんだ。

こなかったら、素直に残念と思いつつも、うんうん休んでね、元気になってねと祈るし、来るならば、目一杯楽しむよ!と。

実際アイドルのひとつひとつの活動を、誰がどのくらいの権限で進めてるのかなんて知る由もないからね心配な気持ちとは別次元の話ですね。

 

 

そして祈った。

 

出るって決めても出ないって決めても、他のことは何もわからないから、一面的なものだけでこっちが正解とかあっちが不正解とか決めつけることはできないんだよ。

なにもできないということがよくわかった。 でも、祈る権利はある。 ペンだもん。

 

そもそもステージから降りてる時間も全て晒されるジャンルだから見えてしまったけど、本人がステージに出て最高を目指す以上は、可哀想とかいう目で見るのは幸せではないんだよね…。

まあでも、頭で分かってるのと心は違うから、もちろんハラハラしちゃうんだけど。

 

今目の前にあるパンもコーヒーも、新聞も、着ている服だって、この世に溢れるあらゆる商品は、作った人がどんな状況だったかなんて客には関係がない。(募金目的の商品とかは話が変わってくるけれど)

なんでも、作り手の苦労を鑑みてできあがったものを評価するのは、逆に失礼な場合があると思うしね。

それとアイドルはまた違うけど、アウトプットをしっかり楽しめばエンタメだって本来はそれで成立するはずなんだ。

でも個人を推すとどんどんボーダーを踏み込んでしまう。楽しさ、から離れない応援をしたい。

本人が、本当に見てもらいたい、と思っている部分とは? を、忘れないようにしたいんだ。

 

生身の人間を応援していると、気持ちの面でその方法にガイドラインはない。

ただ、関係ないところで他者に攻撃が向くのは誰も幸せじゃないから、彼らの頑張りを応援するというシンプルなスタンスに立ち返りたいなぁと思った。

 

話が広がるから書かないけれども、ソロ活動との並行もあったからね。

EXOも、個人活動も、SMも、そしてペンも、なにひとつ捨てずにレイちゃんは頑張ったんだよね。

それが真実だよね。胸がぎゅっとなります。

 

 

…なんて言いつつ、倒れた事実を知ってしまっている以上は、さすがに何事もなかったように見る事はもちろんできない。できなかった。

ただ、”具合が悪いのにすごい”という見方だけはなるべくしたくないと思っていた。

この日は「最後まで無事に終わりますように」と祈りながら、徹頭徹尾レイちゃんを見守った。

 

 

ステージは、ちょっと凄まじいもん見たな…と、鳥肌が収まらなかった。

 

なんだか狂気を孕んだ美しさを見たのは、身を削りながらステージに立っているからだという先入観があったからなのか、そうじゃないのかは今となってはわからない。

推しが健康でも不健康でもフラットに見る、という修行なんてしてないのでね…。

 

ステージに現れたレイちゃんは、最初の3曲くらいは本当に真っ白で、表情も佇まいも、最初は「あ、やっぱり具合悪そう」と思った。これはノー情報で見てもわかるくらいのレベルだった。

でも中盤からなんかまるでネジが飛んだみたいに誰よりも飛び跳ねてむちゃくちゃ盛り上げたり、ちょっと焦点定まんない感じで激しく踊っている瞬間があった。

気のせいだったかどうかはわからない。

事実はわからない。

すべて、見た人が「見た」と思ったものが真実だから、舞台に絶対的な事実はないから。

 

レイちゃんは、クラブタイムなんかはいつもめちゃくちゃ盛り上がる人だし、いつもと同じっちゃ同じだったのかもしれない。

具合が悪いのを知ってるから「ちょっと、そんな、きみ…! もうじゅうぶんだから(;;)」と思ってしまったのかもしれない。

今となってはわからない。わからないことばかり。でもそうだったって、メモに残ってる…。

 

「すごいね、皆を心配させないためだね」なんていうレベルじゃなかったっていうか…、それだけじゃない鬼気迫るものを感じた。

肉体のリミットを、本人の意思がはずしてしまう人。

ペンのためというのもあると思うけれど、ステージにあがって踊っていないほうが、むしろ死ぬのかもしれない…とすら感じてしまったよ。

私たちのために、とかいう次元じゃなかった。

降りてくる系の踊り子になっていました。

 

とにかく3時間強、じっとかたまって見入った。

私の覚悟が足りなくて、思わず引いてしまった、という瞬間も公演中トータルで5秒くらいあったかな。

ステージ上で倒れるのかと思った。

もしくは、後ろに引っ込んだ途端に気を失うんじゃないかと。血管が切れるのではないかと。

他の8人の3倍くらい飛び跳ねてる箇所とかあったし。

隣のカイペンの友達が「昨日倒れたんだよね…?大丈夫なの?」って耳打ちしてきたけど。

「知らない…」

としか言えなかった。

事実、わからないんじゃなくて、知らないんだもの。

 

 

特にライトセーバートランスフォーマーのときのダンスは、おいおい…マジでヤベえなって感じだった(言葉遣い)。

そんなふうに見ないようにしようと思っても、病み上がりの人が命燃やしてる感がすごすぎたよ…。

筆舌に尽くし難い壮絶なダンス。

わたし、アイドルのコンサートにきてるんだよね?

 

ちょっと映画『ブラックスワン』のラストを思い出した。

芸術って肉体と精神の絶妙なバランスで生み出されるものだ。

不謹慎な話でなく、狂気的な瞬間や、振り切れた悲壮感の漂う時、ある種の死相や覚悟すらも表現の一部になる。

それを越え、昇華したパフォーマンスを演者が吐き出したことを評価するのは間違ってないと思うんだけれど、レイちゃんのようなアイドルにそれを言うと色んな人に怒られそうだな。

不健康を肯定してるように思われたくなないんだけどな。

本人になにがあったかまで客が把握する必要はないけれど、憑依したものが可視化されるのは事実、とだけ言っておきますね…。

 

心配をかけてごめんなさい、と本人が話したけれど、「もうそういうレベルの表現者じゃないのかもしれないな…ステージが違うっていうか…このひと、火の中でも、身体が半分になっても踊るんだろうな、それでも応援しよう…うん」なんて、ただただ圧倒されて1日目は終わった。

 

双眼鏡でずっと顔を見ていて、メントのとき、他の子が喋っている間、うっすら笑みを浮かべて何かの振り付けを踊っているのを見たときは、精神がここにいない、と思ったのを強く覚えている。

美しくてゾッとした。

せっかくの札幌だったというのに、御馳走もあまり喉を通らなかった。

 

 

2日目は拍子抜けするくらい、ほぼいつものレイちゃんに戻っていた。

わたしも昨日よりゆとりが出ていた。

前の日はスタンド席だったけど、この日はサブステが目の前のドセン。

汗が落ちてくるのも見えるくらいに近い場所で、目隠しダンスも観れた。

端的に言って、気が狂った。

 

本当に近い場所だったので、「おっ」という顔でうちわを見つけて小さくにっこり手を振ってくれた。

あんなに瀕死だったのに、2日連続でステージに立ってさらに満身創痍なはずの人が、わたしにこんなに元気をくれるなんて…崩れ落ちた。

 

ブラックスワンではないな。フェニックスだよこの人。

隣の友達に「生きてる?」と生存確認されるのはいつも通り。

 

 

とにかくレイちゃんの覚悟についていこうと強く決めた公演だった。

ステージで命燃やして踊って歌う彼に、今なお自己管理とか運営の話とかは、もういいんじゃないかな。

哀れんだり怒ったりも。

わからんよ我々には。本来舞台の裏で起こってることは客には関係ないから、表ではプロフェッショナルな仕事をする、っていうのがエンターテイナーの、アーティストの誇りだと思う

彼のことだけ見ていよう。

 

 

 一時はメンタルもたないかもと思ったけど、本人が頑張っていたから、こちらもめいっぱい応援しました。レイちゃん見届けられて本当によかった。

 

 

ちなみに、これだけレイちゃんレイちゃんした公演だと思っていても、推しじゃない人にとってはまあひとつの情報にすぎないんだよね。

くるかこないかのレイちゃんと同じように、例えばカイペンは、カイくんが踊るか踊らないかに心を痛めていたものね。

一緒に行ったカイペンの友達が、「カイくんが出てきたら、ステージが輝いて見えた…」って言ったのに対して、「え?!! ステージはすっと輝いてたよ??」って返して、2人で笑ってしまった。

推しがいてこそ、その人にとってはより輝くんだよね。

 

 

結論その2
レイちゃん、いつでも応援してる。

 

 

 

 

 

【台湾(タイペイ)】2016.11.26

 

これはさらに忙しすぎて、いろいろとっ散らかって、完全に気が狂った状態で嵐のように行って帰ってきましたね。

夢だったのかなと思う。実際あまり覚えていない…。

 

札幌の前以上に、仕事がタイトだった。

年末がいよいよ近づいて、この頃になると白目で仕事していた。

出張も立て込んで、荷造りする暇もなければ、台湾のことなんていっこもリサーチしていない。

タイトっていうか、tighten(笑)。

 

実際、日にちをぽこっと捻出するっていう感覚じゃない。

一列に隙間なく並んだ歯列のようなスケジュールの中に、甲同士をぴったりくっつけた状態の両手をギュッとさしこんで、すき間を空けるために左右の両端にぎぎぎ…と他のスケジュールを押しやる感じ。抉じ開ける感じ。

てことは前後が死ぬんだよな…。

もうアイドルの記録っていうか、仕事キツかった記録になってきそうだからこの辺で(笑)。

でも必死な毎日じゃなかったらここまでアイドルに救われていなかったかも、とも思うから、切っても切り話離せない記録なんですよね。

 

当時のTwitterを振り返ってみると

『さー、毎年恒例会社が家みたいになってくる季節がやってきました!\(^^) え?台湾あした?むりむり!\(^^)/\(^^)/』

なんていう、病的にハイテンションな呟きがのこっていました。

こわい。

 

それに対してフォロワさんが、「無理なく無理してください(真顔)」、というようなことを言ってくださったのが非常に印象深い…。

ヲタ友のみなさんはわかってるわかってらっしゃる。

 

「ありがとうございます、これ、わたしいま確実にぬーりーするタイミングですよね ここでぬーりーしないでいつぬーりするんだってかんじですよね!」と、大真面目に返しました。

 

すると、

 

「今ここでぬーりーしないと年末までの美々矢さんの激務にむしろ差し支えそうな気しかしないので!」

とも言って下さいました。

 

 

そのとおり!!!!!

と、膝を打ちました。

 

忙しいなか行くのが嫌だと言っているんじゃないんだよね…。

この、面倒くさい気持ちをわかってくれる…そして球を打ち返してくれる…だからヲタ友は必要なんですよね…。

無理しなくていいんじゃない? 

そんなに忙しいのになんで行くの?(行くべきではない) 

もう若くないんだから体気をつけないと 

コンサート観に行くために海外弾丸なんてもったいない…etc. 

という進言がほしいわけじゃないのだ。

 

徹夜からのフライトからのコンサート3時間半立ちっぱなし、って字面はハードだし、なんでこんな疲れるのに行くんだろう…って思わなくもないけど、行かなかったらたしかにもっと疲れてるんだよねきっと。

(ちなみに脳から変なアドレナリン出るので、どんなに疲れて行ってもコンサートの間はものすごい元気。それ自体がドーピングだから)

 

札幌であんなに心配した我が推しのレイちゃんは、ずいぶんと通常運転になっていた。

実際私の方がボロボロだったであろう(笑)。

TLを追う余裕はなかったので、推し、台湾入りしてますか…?と呟いたところ、

先に入っていたカイペンのお友達が

『推し様はさらりと台湾入りし、ルーロウ飯を召し上がっているようです。意外と夜は肌寒くでも湿っていて不思議な天候です、現場からは以上です!!』

 

と教えてくれました。

よかったよかった。

カイペンにとっても、カイくんが踊る特別な公演になるでしょう。

気持ちがわかるので、私まで泣いてしまいそうだなーと思っていた。

 

そして私は当日の朝まで、

『パスポートとチケットとクレカとスマホと口紅とサングラスあればいいよね?』

なんて呟いてる(笑)。

そういえば空港のラウンジでシャワー浴びたわ。

 

色んな人に「行けた?」「飛べた?」「着いた?」と心配されながら飛びました。

一緒に行ったレイペンさんに「空港に現れなかったら気にせず置いていって…」なんて言ってたけど、予定通りのフライトで行けてよかったよ。

 

当日の私

『無事に飛べそう。忙しい毎日のご褒美!(これによってより追い詰められてる感はあるけど)台湾いってきまーす』

だってさ。

 

台湾公演は、なんだかディウムで一番ふわーっと気楽に見たな。

極度に疲れていて多少神経が麻痺していた感じもあるけど、心配要素もあんまりなかったし、中華圏でのレイちゃん堪能しよーっと、みたいな。

 

復帰したカイくんに関しても、本当にめでたかった。

私はソウルコンの2日目に行ったので、結局今回生で見ていないカイくんのステージが多々ある。だからすごく楽しみにしていた。

Monsterのハイタもやっと見られるなー、なんて。

推しがいるはずのところにいないステージを見ることのつらさは、本当によくわかる。何度も心が折れそうになっているカイペンさんたちも見てきたよ…。だから彼の完全復活は、胸が清々しくなるようなトピックだった。

 

私はEXOでカイレイふたりのダンスを見るのがすごく好きだ。

レイちゃんが単独で踊るときとは違う顔を見せるのを、楽しめるから。

太陽と月、力強さと艶っぽさ、ゴールドとパール、朱雀と青龍、キングとクイーン…いくらでも例えが出るけれど、EXOという枠組みの中で対になる実力者と火花散らすレイちゃんが見られる。たまらぬ。

セカイもフンレイも好きだからうまく言えないけど…とにかくダンスで言うとこの二人の組み合わせがタイプなんだな。

 

カイくんの復活を祝うと同時に、「ずっと一人目隠しダンスを守ってきたレイちゃん、おつかれさま」とも思ったよ。

 

 

なーんて散々書いたんだけど、本当にあんまり色々覚えていない。

ふわふわしていた。

楽しい夜だったなっていうことだけが残っている。

基本的にはスタンディングでレイちゃんを追いかけていたけど、とにかく視界がふわふわだったんだ。

MCがいつも以上に何を言ってるかよくわからないのも相まって、終始ニヤニヤしてるだけだったな。

 

ふわーっと、ふわーーーっと、しあわせだなぁ、会いに来れたなぁ、ってステージを見上げていた。

私をこんな気持ちにさせてくれるコトやヒトやモノは、いくつもあるもんじゃない。

 

 

レイちゃん。

心のための、きれいなお薬。

 

この曲のときはこうだったとか、このメンバーとこんなことがあったとか、ずっと覚えていられることはほんの少しだけど、レイちゃんが美しかったんだっていうことは、ずっとずっと覚えていたい。

皮膚感、踊ると隆起する筋肉、手指の動きや表情。話し方の細部に至るまで、途方もなくビッグファンだ。

なんかもう目を逸らす選択肢がないみたいな状態は、まさに「虜」なんだと思う。彼を見ると、楽しくて嬉しくて、幸せで、苦しい。

恋心とも信仰とも尊敬とも憧れとも、全部微妙に違う。

そんな気持ちになれる人なんだなぁって、異国の箱のなかでぼんやり思った。

 

あまりに間近で見ると、これは画像や動画じゃなくて、今まさにこの時に私の前で踊っている本物なんだ…って、脳が「これは実存してるレイちゃん」と認識するのに逆に時間がかかる。

でもじわーっと実感が湧いてきたときの、涙がでてきちゃうあの感じ。

それは目の前にしないとどうしたって味わえないんだ。

では今思い出す彼の姿はなんなんでしょうね。

きっと、そういうことを味わったっていう、愛しくて大事な「思い出」なんだろうなぁ。

それがきっと脳内補正されている。

それもかけがえのないものだけど、あの場で感じだものとはきっともう違う。再現不能。

だからコンサートは何度でも行かなきゃいけないんだ。たとえ毎度エクストリーム出社になるとしても。

 

 

数少ない記憶の中で美しかったものをひとつだけ。

 

天井から降りしきる雨の演出の最後、レイちゃんがものすごくシャープでクイックで美しい3回転ターンをしたんだよ。ちょうど雨の当たるところで。

そしたら回転するレイちゃんに弾かれて、雨がスプリンクラーみたいに飛び散ったのだ。しぴぴぴぴって。私にはスローモーションに見えたし、虹も見えた。

きっと忘れない、プリズム。

 

 

結論その3
レイちゃん、記憶になっても応援してる。

 

 

 

 
【東京】2016.11.30-12.01

 

ふわふわ台湾と打って変わって、緊張マックス。

EXOの単独東京ドームに、レイちゃん初参戦だもの。

やっぱり日本のエンタメ総本山だからと、観るだけだというのにわたしが気負いと緊張でどきどきしていた。週の頭から気もそぞろ。

ていうか、台湾が11月26日。そこから一週間と経っていない。しかもその翌週には大阪が待っている。

こんな短期間にEXO漬けになるなんて…畳み掛けるようなレイちゃん充。

overdose。最高。

 

去年レイちゃんいなかったけど、今年はあの空間で会えるんだね。

遠征して会いに行ったりもしたけれど、東京ドームってやっぱり特別な場所。

レイちゃんからきてくれるなんて、とってもうれしいよ( ; ; )レイちゃんも感動するかな、するといいな…なんて思っていた。

思いながら、相変わらず仕事に追いかけられていた。

タイムスケジュールが少しでもズレると、わたしはドームに間に合わない年末で道も混んでるし祈るしかない…という、せかせかした気持ちで過ごした。

ヲタ活を無事に遂行するには、せかせかするしかないのだ…。

 

2日間とも、開演ギリギリで辿り着いた。

辿り着いた東京ドームは、やっぱり大きい。

ドーム自体には何度も来た事があるのに、なんだかとても大きく感じた。

ソウルコンから始まり、訪れたディウムの会場はどこも中規模くらいだったから、どの会場よりも途方もなく大きいなと。そしてやっぱり、遠いねぇ。

だけど、全然大丈夫。

近い。こころが近い。

言ってて非常に恥ずかしい。

 

メントで、レイちゃんが客席をしみじみと見て

「大きいなぁ…」

と微笑んでいたのをよく覚えている。

この大きな会場を埋めた、ここにいるお客さんみんな、EXOを観るために集まったんだよ。この光景をあなたに見てもらえて本当によかったよ…。

 

去年来られなかった東京ドームに来られて嬉しいっていうことも言っていた。

オープニングから感動してしまっていたのに、レイちゃんがしゃべりはじめると涙が目にたまって視界がにじんでしまった。

レイちゃん、何も言わなくてももうわかるよ、わかったよ。 ありがとうね。 

東京ドームおめでとうね。 あなたがEXOのレイを続けて、忙しい毎日で取捨選択を迫られて、讃えられたり責められたり、めまぐるしい一年だったよね。 本当にありがとう。毎日ありがとう。

 

なんだか東京ドームは、わたし自身が辿り着いた…って思った場所だった。

 

今さらだけど、ディウムに愛着が湧いていた。

お気に入りの場面もできていた。

 

MAMA、Monster、WOLFは、ど頭で彼らの始まりと今がいきなりクロスオーバーしてくらくらする。

雄々しく美しく成長して、若い獣から怪物に変貌を遂げた彼らが私たちを魅了するんだ。桜の木の下で。

攻撃的なレイちゃんにゾクゾクした。

しょっぱなからの全力のパフォーマンスで完全に彼らのペース。

彼らのディウムの世界に飲み込まれる。

これが今のEXOだ!っていうプロローグ。

 

このあと続く、黒い衣装のレイちゃんが裾をヒラヒラとさせて舞うWhite Noise、Thunder、Play boy、Artificial Love。ここはとても好きなターン。

White Noise、Thunderは曲自体が本当に好きなので、これをレイちゃんが妖艶に歌って踊るのは、今年観たもののなかでも至高のうっとり案件だった。

何度でも見れる。見たい。拝みたい。

 

Artificial Loveも最初、んーどうかな~性的すぎるのでは?と思っていたけれど、なんか毎回が全力かつ各々が個性を追求したパフォーマンスなんだなと思った。本気でエロを探求してるなら表現としてあり。

最終的に好きになりました。慣れて楽しんでいたと言った方が正しいかな。

 

すごい下な話なんですが(以下R18)、ステッキ抱き散らかす振り付けのところ、毎回レイちゃんが違う女(男かもしれないけど)を抱いてる感じがするんだよ…。

1回目は、ものすごいねっとりした腰の動き。蠢くようなストローク

2回目は、さらっと軽いピストン。

3回目は、前から後ろから執拗に攻めるけど、でもちょっとおざなり。

ハイ順番に、熟女処女遊び相手、の違いですよね?

さっすがーー。

真心こめた情事には見えないのが、ちゃんとArtificial Loveだよね。さすがさすが。

なんてな。

失礼しました。

 

目隠しダンスは、あれは今さらながらどういうコンセプトなんだろうな。

もうどこかに書かれてるのかしら。

さしずめ、実態というか虚と実の境界がわからない愛の暗喩として、目を隠して手探りするような振り付けで踊ったということかな。セクシャルな表現の場で目隠しって、普通はSMのMのほうだけど、なんとなく能動的な感じがしたしね。

最後目隠しを外してドヤるのは、偽物の愛から解放された、的な?(しらないけど)

 

途中からカイくんと二人になった後は、レイちゃんが一人だけで踊っていたときと、だいぶ踊りが変わった気がする。

単純に稼働域が狭くなったとか、誰かと呼吸を合わせることになったからとか、そういうことじゃなくて…なんかやっぱり「月」になるんだよなー。

 

 

で、Unfair以降のアコースティックコーナーは、最初はダイジェストでお送りします!みたいのがあまり好きじゃないなーと思ってたんだけど、こちらも回を重ねるごとにいいなぁと思いました。

ニョルレイのギター生演奏に合わせてカイフンが踊るっていう、時空歪むんじゃないかってくらい美しい光景が広がるし、ギョンスペンの友達が涙ぐむ「She's my babe~」も素晴らしいし、コミべべをこんな風に歌うなんて当時は考えてなかったろうなーとか考えるのも楽しいし。

ただ、東京でレイちゃんソロが端折られたのは許していません(^^)

 

小人コーナーとかはあんまり好きじゃないので省略(笑)。

 

その後の、ときめいてきらめく、星屑のなかで歌って踊る男の子たちは、まさにロマンティックユニバース(いつしか邦題に馴染んでいる)で、大好き。

光のなか眩しいなあって見つめていました。

 

One and Onlyも、セカイレイのダンス三重奏が最高ですね。

ダンスの間も美しいけど、終わった後の三者三様の表情もすごい。

ただちょっとヒヤヒヤするし、リューションからもう十分水は見たので、#4は違った演出にも期待します(だからって炎を多用しろとかそういう話ではない)。

それならば私は、VCRだけだったけどDo it Togetherのセカイレイの本気ダンスのほうがグッときた。

あれ本当にわいた。シンプルなコーディネート、シンプルな場所でテクニック勝負なもの。

EXOを知らない人に、名刺がわりに見せたいわ。

ニョルフンのラップからの

go KAI

hey LAY

next!!!

たまらん。

あれこそ生で観たかった。

最強の三つ巴。

 

Overdose、Transformer、Lightsaberは、バッキバキの鬼軍曹的なレイちゃんが観られるから気合いが入る。

こういう厨二世界観はEXOの十八番だよ…よっ世界一!(泣きながら)

どの曲のレイちゃんを思い出しても、カッコよくて身悶える。

他のメンバーを引き連れて花道を歩く、冷徹な司令官レイちゃん様に毎度ひれ伏しました。

Transformerの、

『Cause you’re you’re you’re a transformer』で、

自分の手を銃器に見立てて装填するみたな振り付けのところのレイちゃん、最高。

あれほんと世界一。

世界一を乱用。

 

ソウルコンの時から実感として強く思っていたけど、2016年は本当に、レイちゃんの雄みが花開いてすごかった…うう…いつまでたっても沼に底が見えない。

 

クラブタイムも相変わらず楽しいね。

Runで銀テが舞う中EXOが飛び跳ねて歌ってる光景は、ほんとあの世みたいだもん。

絵ヅラが幸福すぎて、浄土感がハンパない。

 

ただカミングオーバーは、自分でもびっくりだし、そんなところ鍛えられたくないよって感じだったけど、推しがいないのに一瞬で気がついた。

そのための直前の特効と暗転だったのかと、ちょっと思い出したくない感覚が蘇りました。

正直ちょっとショックで、2日間カミングオーバーまったく観てなかった。心が弱すぎる…。

 

でもその後のdrop thatで、鉄砲玉のように飛び出してきて盛り上げてくれたレイちゃんに、

隣の友達が「ほら、レイきたよ! ぼくもいるよって帰ってきたよ」と腕を掴んできて、ちょっと泣いた。

1曲いなかったのを秒で取り返すような盛り上げ方だった。

カミングオーバーの歌詞ね、レイちゃんが 「誰も置いて行かないから Move that side to side 」って歌うんだよ? 誰も置いてかないからって。 だからレイちゃんを置いてくわけにはいかないじゃない。

 聴くまで諦めないから(;;) 9人のカミングオーバー見るであきらめないから!!

 

 

まあでもとにかく、ドームは無事に2日間終わった事で、何かが達成され、何かに安心し、何かが成仏したような、「安堵」の二文字がぴったりなコンサートだった。

レイちゃんに対してありがとうだし、ここまで一緒にきたレイペンたちと固い握手を交わしたいレイちゃん、生きる活力をありがとうね。

 

メントでレイちゃんが久しぶりに言ってくれた、

「東京の一番は東京タワーと言いますが、私はそうは思いません!! 東京の一番はみなさんです!! キレイ!!」っていう言葉、嬉しかったなぁ。

 

 

わたしたちは、レイちゃんの東京の一番(;;)

 

 

結論その4
レイちゃん、どんな姿も応援してる。

 

 

 

 

 

 

【大阪】2016.12.10-12.11

 

ここまで来て、ハタと思った。

わたし今回、レイちゃん観なきゃって思い詰めすぎてて、マジでレイちゃんしか観てない。

そうこうしてるうちに日本ディウム終わる。

ステージの構成とかフォーメーション、群舞の美しさとか、堪能したほうがいい…?

 

やっと単コンでドームに立ったレイちゃんを見届けて、すこし気持ちが落ち着いたからかもしれない。

もうすこし引きで楽しんでみようかな。

レイちゃんに対して、余すところなく刮目すること自体が目的になってしまった部分が少し、義務感みたいなものが少し、お遍路さんが踏破を目指すような謎の気持ちが少し…だったからな。

よし、全体を観よう。

 

でも、ほとんどできなかった。

これの前にMAMAのライビュで観たトランスフォーマーがよかったので、ニョルちゃんが武器になるのは見届けたけど。

「ああ、なんだかヲタ活駆け抜けたけど、一旦これで終わるのか…」という感慨深さに浸りながら、結局はやっぱりほとんどレイちゃんを追っていた。

 

全通の人から見たらまだまだとはいえ、1つのツアーに国内外あわせて10以上行くのって、何かのヲタじゃない人には分からない感覚と思う。

ましてそこでいつも同じ人やものを見るなんて。

そこに行く事でどんな気持ちになれるのか、どのくらい毎日頑張れるのか、そして如何に他のものでは代替が効かないのか自分でも不思議だもの、説明なんてできないわ。

 

わたしにとってアイドルというものや彼らに会いにいく事は、かけがえのないカタルシスなんだってのがよくわかった。

無神教で理屈っぽく、非科学的なことは信じないし個人主義なわたしが、教会に行って懺悔するみたいな気持ちを想像するとか、他人の幸せを願うとか、何か目に見えない力を感じられる唯一の場所。

 

「うつくしいものに出会ったら、いっしょうけんめい見つめなさい。見つめると、それが目ににじんで、ちゃあんと心にすみつくのよ。そうすると、いつだって目のまえに見えるようになるわ」

 と、あまんきみこ先生が仰るので、わたしは推しを見つめ続けます。

 

 

大阪はラストにふさわしい、ハートフルなことが沢山あった。

例によって時系列で覚えていないので、ぽつぽつ書きで。

 

 

一番嬉しかったのは、レイちゃんソロのMonodramaを、メンバーも加わって中国語で歌ったこと。

レイちゃんが、「一緒に歌おう」って言って。ギョンスやチェン、ベクがコーラス重ねて。

孤独なソロ活動なんかじゃなかったよね。独り立ちはしててもメンバーみんな見守ってたんだよね。

今回のツアーは、メンバーたちの絆も感じられた気がする。

去年レイちゃんがいるはずの空間をぼんやり見つめてたのを思い出すと、幸せな年だった。

ツアーの最初はレイちゃん一人で歌ってたソロ曲。ドームではなかったりもしたけれど、こうして最後にみんなで歌ってあ、だめだ泣ける。

しうちゃんが、レイちゃんにマイク向けながら横で一緒に歌ってるの素敵だったなぁ。

これ収録してほしいんだけどなDVD…。

 

メントも仲良くわちゃわちゃしていてとても楽しかった。

それを取りまとめていたチャニョルは間違いなくメントのMVP。

MC力がすごかった。メンバーのコメントに日本語で相槌や突っ込み入れたり、助け舟を出したり、さりげないけどすごいことだよ。メンバーに「大阪 たこ焼き なんでやねん♪」仕込んだりさ。レイちゃんのボイパにのせて、みんなでやったのは、一生見続けられる…。

アコギもエレキも弾いてDJもやってさ、ライトセーバー日本語ラップなんて感動しちゃう。

ありがとうな、ちゃのる…。

 

 

全体的な光景としてずっと覚えてたいのはやっぱり、ムビステの上で光り輝くEXO9人の後ろ姿かな。

光に包まれて、銀河の星屑の中でラミライを歌うかのような彼ら。

ドームの時も思ったけれど、これは大きい会場ならではのスケール感。

ここでも、RUNの終盤で飛び出した銀テの降り注ぐ会場が尊かった……手を合わせたくなる様な極楽浄土感が毎度広がる。しかしあの世の登場が頻出で心配になる。

 

 

レイちゃんが両手でマイク持ってもにょもにょもじもじしながら、

「本当に感謝以外の言葉が見つかりません

って、オレンジシャドウの綺麗な目をうるませて言ったのは、私のなかの庇護欲が病的に爆発した。

隣の友達がそれ見て「肌が荒れてる」と心配していたけど、肌荒れからも守ってあげたくなったよ。

 

それにしても、レイちゃんがしゃべると反射的に泣けるようになってしまった。

泣きたいと思ってるのかもしれない。

自浄作用のスイッチなのかもしれない。

実際感動するというのもあるんだけど、レイちゃんの言葉を聞いて、いっぱい泣くとほっとする。

ほっとして毒が抜けたようになる。

すっきりするために映画観に行って沢山泣くとか、大きい声では言えないけれど熟睡するためにクラシックのコンサートに行くとか、いいか悪いかは別としてそういう感覚に近い部分があるのかもな。

自力で乗り切るにはあまりに毎日を無事で生きていくのは大変だもんね。

でも最終的には、「レイちゃんが初心を忘れず頑張るって言ってたし、わたしもがんばるかー!」と晴れやかな気持ちになっているのである。

 

 

鬼門のカミングオーバー。

何回見てもカミングオーバーでレイちゃんはけてしまうのが悲しくて、動揺してしまって、まともに見られない。

でもせっかくの楽しい時間で、一瞬でもしょんぼりするのはいやだ。

それに頑張る8人のカミングオーバーは楽しまないといかんよなと思い、1日目が終わった夜にホテルで予習した。

2日目、レイちゃんがはけたのをぐっと堪えて、初めて最初からちゃんと見た。

皆すごい一生懸命で踊りも揃ってて、セカイめちゃカッコよくて、とてもよかった楽しかった。

せっちゃんがヒョンたちにキラキラされてたのも知らなかった

けど、すごい可愛いね。レイちゃんにもしてもらいたいね。

やっぱりいつまでも、レイちゃん加わるの待ってるね!

 

 

あとは細かいけれど、全会場スクリーン仕事が秀逸だった。

京セラのカメラも、本当に素晴らしかったです寄り引き、メンバーのピックアップ、スイッチングすべて完璧でノーストレスでした。ありがとうございました。 

双眼鏡で見つつ、推しが抜かれるところはスクリーンに目線を移してたけど、毎回マジで間違えないからねプロフェッショナル

 

 

結論その5
レイちゃん、私のこと応援してくれてありがとう。

 

 

この日の日本オーラス終演後は、日本ディウムと2016ヲタ活の総括をすべく、カイペンのお友達と打ち上げを開催した。

「この一年、推しを追ってどうでした?」

「ヲタ活で思ったことは?」

「アイドルのペンでいてよかったですか?」

議題は尽きない。

串揚げを食べながら、しっぽり二人でソウルコンからこっちのことをしみじみ語り合った。

カイペンとレイペンは、推しているものはちがうけれど2016ほど肩を組み合える年はないと思う。

Monsterでカイレイが手をパチン!てするのは、カイペンとレイペンのハイタだよ…。

 

そこで話して実感したのが、この1年が本当に楽しかったということ。

必死で毎日頑張りながら、夢中で推しを応援した。

それと一緒にいろんな景色が過ぎ去っていった。

行ったことのないところ、会ったことのない人…ぜんぶ推しが見せてくれた光景。

足を運んだひとつひとつの会場の景色、そこで観た推しの素晴らしかったシーン、この曲のあのモーメント…キラキラしてた。

楽しくて嬉しかった、覚えていたいすべての事は、容赦なくどんどん忘れていっちゃうけど、そういう年もあったんだよねって、おばあちゃんになって縁側でお茶すすりながら話したいね、なんて友達と言い合った。

そして彼らがカッコよかったことを、大事に思い出したいねって。

 

将来EXOがどうなっても、推しがどうなっても、私たちがぜんぜん違うところにいても、その時々で観た光景が人生でたった一瞬のものだとしても、永遠なんだよね。

レイちゃんやカイくんが忘れちゃっても、私たちが覚えてればいいよねって。

あったかくて、ちょっと哀しいけれど、そういう幸せな結論を出しました。

 

きっとDVDを見返したり、人のレポを読んだら思い出す事があるかもしれない。

でもそれは、だれかのEXO'rDIUMなんだ。

だからこのレポートも、わたしのディウムであり、あなたのディウムではない。

それぞれの思い出は、それぞれのものでしかないんだ。だから大事に大事にしないとね。

 

 

翌朝、もう日本ディウムが終わったのが信じられなかった。

来週にはまたあるんじゃないかって思った。

でもEXOのいない、レイちゃんのいない日々をまた頑張っていかないといけない。

直接出社するために向かった早朝の新大阪駅

息が白くてまだ薄暗い。

自分の顔を力づくで無理矢理現実に向ける月曜日。

現実が待っている…つらい、って思ったけど、でもコンサートだって現実だったんだ。

その延長の世界なんだと思って頑張りましょう。

夢だけど、夢じゃない。

 

 

総括
まだまだレイペン。

『日本人の86%「中国人、好意的でない」』という世界で大陸スターに恋してること。

 

自分の好きなものは自分が好きであればそれでいい、基本的にはね。

だれかに貶されたって批判されたって好きな気持ちがなくなるわけじゃないし、

極論、もし禁止されたとしても、どんな法も権力も内心の自由にまでは踏み込めないだろう。

 

逆を言えば、いくらいいよと薦められても、自分が好きになれないものに対して

心から応援したり、ときめいたりできないものだ。

 

だから「基本的には」自分が好きなものや、それを取り巻くものを世間が理解してくれなくてもそれでいい。

けれど貶しや批判、悪評に、その都度小さく傷ついたり、ストレスが溜まるのは事実。

反論するかどうかということと、まったく別の問題として。

それが事実とは違うんじゃないかなって思うときもあるけれど、

相手が大多数だったとき、声高に意義を唱えない方が色々都合がいいっていうことを知って久しいから。

あまりに自分の中の評価と所謂世間の評判やイメージが乖離していたり、

好きでいることがしんどくなるシチュエーションのときにはとても悲しくなるけれど、

たいていはひっそりとしまっておく。

うしろめたさなんて持つ必要のないものが好きなのに、評判を鑑みてあまり人に言えないな…って思うたび、

なんだかなーっていう気持ちになって、もやもやが溜まるのだけど。

その都度流したり忘れたりしていくんだよね。

 

 

でもちょっとずつそんなのが積もり積もって、向き合わざるをえない時がきました。

そうです、大陸スターやK-popを好きになってから、

なかなかにそういうシチュエーションが増えたなぁと思うので、

今日はその話をば。

 

 

9月13日の、EXO広島公演。

 

私はこの日、本当に幸せな時間を過ごした。

素晴らしいステージを見せてくれた、アジアの明星たち。美しかった。

パフォーマンス自体もさることながら、何よりメンバーたちもとても楽しそうで、

ステージと客席との一体感に心が満たされた。

まさに彼らのスローガンであるところの、We are oneだなーなんてじーんとしたし、

メンバーが一生懸命日本語を覚えてきたことも、とても感動した。

これに関しての詳しいレポートはまた後日として、

もはや姿を見ただけで涙出るレベルに大好きで大好きでしかたない、

レイちゃんことチャン・イーシンさんが、グループの日本デビュー後初の単独コンサート参加という、

感動もひとしおなトピックもあったりして、もう、特別嬉しい公演だった。

 

一緒に行った友達と、「いやーいい公演だったね」なんて終演後上機嫌で飲みまくって、

フォロワさんたちとも感動を分かち合って、美味しいご飯を食べ、

さてまた頑張って働こうと翌朝帰京する新幹線に乗った。

 

その車中で、そんな気持ちを一転グレーにするような、

悲しいネットニュースが目に飛び込んだ。

どこまでも追いかけてくるね。

口まで運びかけた、駅で買ったパンを食べる気が失せた。

 

朝日新聞デジタルの、9月14日 朝刊

 

そこのトップ画面に踊る見出し。

 

『日本人の86%「中国人、好意的でない」』米調査機関』

 

ああ、わたしには世界が2つ存在するんだって思った。

思い出したというか。

 

 

美しくて才能溢れる、やさしい中国人スターとファンが相思相愛な世界と、

「中国人ってマナー悪いよね!」と言う人たちに曖昧に頷き続ける世界。

 

居心地のいいTwitterと、ファン仲間との楽しいゴハンと、

サンクチュアリとも言えるコンサート会場と、レコード店の熱意あるK-popコーナーを

一歩出たら待っている世界。

 

いや、そんなこと知っていたけど、

首がむち打ちになるレベルでそっちにイキナリ顔を向けさせられたというか。

 

一夜の目眩く世界が素晴らしすぎて、

国籍や政治的な国際情勢なんて越えてみんなが楽しいEXOプラネットが眩しすぎて、

あのピースな空間がスタンダードだと思っちゃったいっけねー。なんて。あ、泣きそう。

その辻褄を合わせて、レイペンをやっていること、今は思い出したくなかったなって。

 

その好意的でない中国人て、レイちゃんの国の人のことよね。そんでもって、ルハンの国の話?

スマホをスクロールする指先が冷えて、ふわふわしていた気持ちが一瞬でしらける。

 

矛盾と闘ったり、きな臭さに気づかないふりして中国人追いかけてることを思い知らされる。

 

ざっくりとした内容は、米の調査機関であるところのビュー・リサーチ・センターが、

奇しくも公演日であるところの13日に公表した、日中の国民感情に関する調査。

 

その数字のとおりなんだけど、日本人回答者の実に86%が中国人が「好意的でない」と答え、

2006年の71%から悪化したというもの。

ちなみに、日本人を好意的でないと答えた中国人も81%と、10年前の70%から増えていて、

日中の相互感情が悪化した状況が浮き彫りになったとのこと。

中国人が「横柄」「暴力的」と答えた日本人の割合が、10年前より増えたんだって。

 

尖閣諸島の領有権問題なんかが大きいと思うけど…

インバウンドで美味しい思いさせてもらってるのなんかは加味されないのかな、

とかまあ、思うところはありますけれど、

政治的角度の話はちょっと置いておきます(無知ですし☆)。

 

 

やっぱり、こういう統計って、すごく暴力的だ。

特にすべての対人的な価値観のベースを絶対的に「人による」としている私にとっては、

読み解くのが非常に難しい。

 

しかしながらこのニュース自体に、「えっウソでしょ」ってショックを受けたというのとはちょっと違う。

大陸スターに恋してるんだもの、彼らや彼らの国を自分の国の人たちがどう見ているのかは

人一倍敏感に注視している。

おそらく外交問題が原因で、韓国タレントが露骨に日本のメデイア(とりわけテレビ)に

出られなくなったのも目の当たりにしていたし、

祖父母世代がどんなふうに中国や韓国を見ているかも知っている。

中韓の芸能人を追うことの難儀さは、身をもってよくわかっているつもり。

 

だからまあ、対中感情に関してこういうデータが出るのは大体想像がつく。

そしてもちろんこうやって数字至上な調査が必要な場面があるのはわかってるよ私も大人だし。

どんな仕事にも数字や調査というものはついてまわるし、至極淡々とそれを毎日読んでいる訳だし。

だから逆に、好きという答えが圧倒的になることが危険なのもわかってるけどね。

にしても、86%が好意的でないって、圧倒的すぎる数字に絶望した。

中国人に好意的感情を持っていたらマイノリティなのかって思わせるレベルだわ…。

 

そう、別に知ってるんです。

こんなニュースでご丁寧に最大手の新聞社が世界中に発信しなくても。

 

「美々、中国スターにハマってるんでしょ?ウケる」

「えっ中国のコンサート?汚そうだし危なそう」

「中国ってパクリばっかじゃん」

 

なんて、特別差別的な思想がある人にじゃなくても、普通に言われるもんね。

 

それに加えていい歳なので、それに対する「(笑)」もあるのであろう。

 

「そうなの~ウケるでしょ」って、さらりと笑い飛ばすことはできます。

 

でもね、でもね。

踏み絵はつらい。

 

べつにそのデータは、チャンイーシンというその人に対する好感度を測ったものでもなければ、

EXOの広島コンに行って幸せな私を咎めるものでもない。

 

でもね、でもね。

でもね。

すごく冷たい気持ちになる。

 

なぜなら、イコールだよねって思わせる事例があまりに多いから。

 

UKロックにハマっている主婦や、R&Bの歌姫を応援するOLをバカにしないでしょう。

UKロックおばさんとかって。聞いたことない。ケーポおばさん、という揶揄の言葉はあるのに。

それはやっぱり、国やジャンルそのものに対する蔑視があるから。

そんな小さな言葉ひとつとっても毎日傷つきながらファンやってるのに、

心を折るような数字を、スタンダードで正しい意見ですと振りかざしてこないで、と思ってしまう。

被害者意識を持ちすぎるのも健康的な状態とは言えないけど、ほどほどに、そう思うよ。

 

横柄な中国人と、横柄な日本人に会った回数、普通に国内で暮らしてる日本人なら、

圧倒的に後者が多いと思うけど、そういうことも、咄嗟に思い出せなくなりそうな数字の強さ。

パリの地下鉄の女の子の態度が横柄すぎて大喧嘩したこともあるし、

ニューヨークでゴーホームって言ってきた白人に店のど真ん中でシャラップって怒鳴ったこともある。

たぶん五大陸すべての人間と喧嘩したことあるけど(笑)、

その国の全ての人が横柄で暴力的だなんて思わないよ。

戦時中の敵対国すら含まれるよ。それでも思わない。

なにより中国人、13億人以上いますけど。

こういうのは全体的なイメージの話だから、個人を攻撃しているわけではないよ、みたいなのを

後から取ってつけることがよくあると思うけれど、その全体的なイメージこそが、

個を適正に判断する視点を著しく奪う一因になってるのは間違いないもの。

実際に日常的に中国人に迷惑被ってないであろう大多数の人がこういう回答をするんだから、

なかなかにイメージってすごい。

チャン・イーシンがハリウッドスターの米国人だったら、

普段好きというだけで受けるストレスは、事実減ると思う。

 

さすがは2016年の今日も血液型占いを朝の情報番組で流すカルチャーがなくならないわけだわ。

たった四分割のキャラクターイメージに従順とか、同じ話でしょこれ。

 

 

ちがうよ、わたしはちがうよ、って

新幹線の中でレイちゃんに念を飛ばしたくなるくらいには、しょんぼりした。

どうか彼がこのニュースの話を聞きませんように、って思った。

 

こういうのが踊る世界に生きてるんだってこと。

それによって、好きなものを好きでいることがいつしんどくなるかもわからない世界に生きてるんだってこと。

楽しければ楽しいほど、好きであれば好きであるほど、温度差は大きくなっていく。

 

外国人アーティスト、とりわけ日本との関係があまりよくない国の子たちを好きになると、

こんな試練が待っているんだよね。

でも、考えるきっかけになってすごくいいチャンスなのかも、と思うけれど。

 

 

私の住む東京で数年前に都知事だった人は一部の東アジア諸国に対して、

かなり過激な差別的発言をしていたし。

先の都知事選では、日韓国交断絶を唱える候補者が堂々と出馬していたし。

そういう場所に住む私が、中国人のきみを大好きなこと、浮かれて切り離して考えられなくなってきたよ。って。

エンタメは独立性のあるものでいてほしいけれど、時代に巻き込まれるのは不可避なのかな。

 

 

レイちゃんのおかげで、むしろ前よりもすごく好きになった中国。

10年前より悪化?私はその逆だわ。

大陸コンサートの遠征のとき、中国人の子にすごく親切にしてもらった。

なじみのなかった中国語の歌詞の中に、未体験の美しさを見い出したりもした。

華やかで煌びやかな大陸スターの競演は、疲れた毎日にときめきをくれる。

ウォンカーワイの映画に憧れてオーダーしたチャイナドレスを着たときの、高揚感。

そういうことが、全部否定されたような気持ちになるニュース。

いやいやそういう人は、「好意的」と回答した14%に含まれますよって??

 

 

その芸能人が好きだから、政治的問題から目を逸らして

ミーハーに中国が好きだと騒いでるだけ、なんてとんでもない。

そうだとしても、エンタメがかろうじて友好と平和をつないでるんなら、何が悪いのかしら。

尖閣とかマジどうでもいいわ~っていう人が、でも大好きな大陸映画観られなくなるなら、

中国とは喧嘩しないでほしいなって思うなら、十分争いの抑止力になっているし、

政治がそれに適うだけの仕事をするのは難しいでしょう(言い方乱暴でごめんなさい)。

 

 

 

冒頭で、「基本的には」自分が好きなものを世間が理解してくれなくてもそれでいい

と書いた。

 

EXOって曲が好きじゃない。テミンのダンスってイマイチ。

チャンイーシン、別にかっこよくなくない? ルハンのPVってダサいじゃん。

知らない、聞いたこともないし興味もない。

とかは全然いい。

だけど、中国でしょ、韓国でしょ、みたいなものが

見え隠れするジャッッジが嫌だということなんだなきっと。

(それをわかってて、SMもPVやらVCRとかの映像類にやたら白人欧米人出すのか?とか邪推しちゃうしね)

 

そういうものを、どこまで気にして、抗ってファンでいればいいのかな。

夢を売ってる世界だから、そんなものを忘れて楽しむのが正解なのかな。

無視してはもやっとして、一瞬忘れては思い知らされて、その繰り返しでいくのかなぁ。

 

86%の日本人ではないのだから、仕方ない。

「日本人回答者」と一言で言われても、実際全員何もかもちがうのだと、

冷静に見ている強い自分でずっといられたらいいな。

○○人でもあらゆる人がいるんだっていう想像力を奪われたくない。

 

中国人や韓国人の才能あふれる美しい男の子たちに出会って、

彼らのパフォーマンスを知ったことはとにかく素晴らしくって、

その世界を知っている私は誰がなんと言おうと毎日幸せなんだって強く思っていよう。

 

ルハンのファンのフォロワさんが「好きなものが多い方が人生幸せですから」と仰っていたこと、

それが真実であると私の中でも定義したい。

 

 

蛇足。

春先にEXOのコンサートを観に行った大連は、大戦中に祖母が従軍看護婦で訪れた国。

祖母は地獄を見たんだと思う。

わたしは、美しい街並と優しい地元の女の子のおかげで、コンサートはもちろん、滞在ををめいっぱい楽しんだ。

おばあちゃんは、こんなふうにこの街にこれなかったんだ。

孫はかつて敵対していた国のアイドルを見に、楽しい楽しい旅行で行ったんだよ。

世代を経て、半世紀でそんなふうに渡航できるようになった。たった三世代。

それが本当に尊いことなんだというのは、こういうファン活動をしていなかったら

リアルに実感できなかったことだと思う。

そういうのは素晴らしいなって思う体験をできたことも含めて、

近隣アジア諸国と、そこから発信されるものに敬意を払う自分でいたい。

 

 

今後、台北と香港でEXOのコンサートを観る予定がある。

公演後の帰路で、あぁよかったな、楽しかったなって単純に呑気に思えますように。

 

どんな国の美しさも、自由に享受できる毎日が続きますように。

EXO'rDIUM in Seoul Day3〜スタンディングと致死量の推し。

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EXO'rDIUMのソウル3日目に行ってきました。

 

意外にも初めてのスタンディングだったのですが、そこで感じた様々を今回は。

 

 

突然ですが、K-popに来る前、私は結構気合いの入ったバンギャでした。

「結構って、ど、どのくらい?」

って感じかと思いますが、BBAが武勇伝語るのいちばん切ないので詳細は置いておきます。

ざっくり言いますと、ライブハウスでの闘いに青春を捧げたという感じでしょうか。

 

ケーポのTwitterなどで知り合い、会場などで初めまして~をしたフォロワさんたちは、

「美々矢さん、穏やかな方でした~!」などと、せっかく!せっかく!!言ってくださっているので、

こちらひた隠しにしていこうと思っていたのですが、今回のソウルコンの雑感を書くにあたり、

避けては通れないネタなので書きます。

 

 

ちなみにバンギャという名称がついているだけで、要するにオタです。
バンドもしくはバンドマンのオタ。

私の活動最盛期にはSNSがそこまで発達していなかったのでその辺はちがいますが、

CDをたくさん買って握手会などのイベントの券を手に入れたり、トレカの交換先を探したり、現地で会った人からお土産をもらったり、グッズを作ったり、雑誌を買い漁ったり、ライブの全通のためにやりくりに命かけたり…そのへんは、ケーポとなんら変わりません。

まあ、ほんとに今やってることと笑っちゃうくらい一緒ですね。

わたし一生こういうことやりながら生きていくのかな。

推しの名前を墨で入れるとか、反社会的な格好をしているとか、細部はいくらでも違うけどな、はっはっは。

(でも、バンギャのほうがパッと見の柄は悪い人が多いですが、ケーポ界隈の方がよっぽど無秩序のカオスだと度々思っていますよ…)

 

地方も海外も数えきれないほど遠征したし、今のオタ活に必要なスキルはすべてバンギャ活動が教えてくれました。

わたしがケーポにハマりかけていた当時、私より先にハマっていた子が

「ほんと、大人になってから初めて何かにハマるとか…しかもケーポのアイドルとかマジで危険だけど、美々矢さんはオタ処女じゃないから大丈夫だと思う。でもEXOに人生狂わされてるBBA山ほどいるからね!!気をつけて!」

などと、冗談と脅かし&警告半分で言っていましたね…。

思春期にオタバージン捨てておいて本当によかった~~! ありがとう免疫。

じゃないとケーポにわけもわからず翻弄されきって、生活がめちゃくちゃにされているところだったよ~(笑)。

 

社会人になってからもバンギャ時代の友達(で、まともな大人になれたひと限定)とはいまだに仲良しですし、

きれいでおしとやかなOLさんだけど、何か…同じ匂いがする…と思った方が元バンギャだと知って、

意気投合するということも、ままあります。

この辺も、ケーポペンと知って距離が縮まる、っていうのに似ているかも。

シャネルツイード着た秘書課のお姉様が、

「ヘドバンした後って、首が痛くってラーメン食べられないですよね!下が向けないから☆うふふ」

なんて話しているのを、マンダリンオリエンタルの37Fでお中華頂きながら聞いたこともあります(笑)。

 

で、だいたいは既に現役を上がっています。私もほぼ開店休業状態です。

 

それはバンド自体が解散していたり、継続していても活動が細々としてしまって、

密なオタ活をしようがないというのがいちばんの理由かしら。

最近再始動とか一夜限りの再結成とか色々ありますが、そういうところへ行くとヴィンテージバンギャの方々がたくさんいて、一定数生息し続けているんだなと感動しますが。

 

私もずっと好きな教祖(と呼ぶ)がいるのですが、彼のこと神だと思ってたんですけどどうやら人間だったみたいで、まっとうに歳を重ね、今やきれいなおじさんになっており、リリースもたまーにという感じになりました。

それでも、その人が音楽活動しているのがありがたいし、ライブも定期的に行っているけれど、彼の加齢とともに、私のオタ活もゆるやかなものになって行くんだろうなあと、ぼんやり思っていました。

そしたらそんなところに、
テミンとかレイちゃんとかルハンが現れちゃったやーつ。

なので、私はきっと死ぬまで、何かに夢中になってハマったり、

追ったりしていないと生きていけない人種なのだと思います。

何も追わなくても楽しく生きている人はいっぱいいるので、

これ、先天的なものなんじゃないかなあなんて思ったり。まあその話はいいや。

 

 

で、ここからがEXO'rDIUMの話。
ソウル3日目に行きました。
なんと、初めてのスタンディングでした。

 

バンギャだったくせに、

「アイドルのコンサートのスタンディングこわい。ゆっくり推しを定点観測したい」

とか言い続けていたわたし。

 

だって、音楽に身を任せて揺れたいわけでも、
我を忘れて暴れたいわけでもなくて、
推しの顔面を凝視したいんだもん、それが目的だもん、アイドルのコンサートは。

ことあるごとに、友達に

「いやマジで、アイドルのコンサートでスタンディングって、概念からほんと理解できねえな。

若い韓国人の子たちと妙齢の日本人との間でもみくちゃになって、

マスターとセキュリティスタッフの乱闘に巻き込まれたりして、

メインステージもよく見えないのに3時間も立ちっぱなしなんでしょ?無理無理~。

しかもみんな鈍器持ってんじゃん、小型扇風機とか持ち込むじゃん、ありえないわー。

そのくせ拾い起こしてくれる腕っ節のいいお兄さん集団とかいるわけでもないし、身の危険感じるわ~」

なんて力説していた。

 

実際2階席からスタンディングを見下ろすと、永遠に揺れてるじゃないですか。

よく考えたらライブハウスなんてその比じゃなかったはずだけど、
「アイドルのコンサートでそれ」っていうのが、異常にひっかかっていたんだよな。

あと外国人の女の子にキレられるっていうことがあるなら、それが未知数すぎる。とかね。

要するにアイドルのコンサート=落ち着いてうちわ振りたい。だったわけです。

 

だから今回ももちろん代行に2階指定したら……

それが取れずこの期に及んで初スタンディングになったのでした。

一緒に行った子も元々バンギャで、その子は何度もスタンディング経験あり。

私を説得にかかること数日。

「美々矢さん。バンギャのほうが絶対スキル高いから。若さよりスキルだから。

マジで大丈夫だから。スタンディングで見ましょう」

「それに案外みんなちっちゃいから、美々矢さん更にヒールでくれば無敵です」

「ライブハウスどころか、ロッキンとかのフェスだって最前とるじゃないですかあなた…

それに比べたら韓国のJKなんて可愛いですよ。むしろ箱より臭くないですよ☆」

「気づけば着ていたものとかつけていたものとかなくなってるようなところで生き延びたんだから!

平気です!!何回も!言いますけど!!!!」

と、畳み掛けるように謎な説得をされて(最後のほうキレられて)、「うーん…」と了承したのだけど。

 

ちなみにその子には、
「それよりも目の前で長時間観た後の、自分の精神状態を心配した方がいい」
と言われた。
後で書きますが、この予言は正しかった。

 

 

結論から言うと、スタンディングは最高でした。

 

何故今までスタンディングにしなかったのか、というくらいに。

 

今回スタンディングのお客さんがとても穏やかだったと聞いたので、そのせいもあったのかな。

ちょっとしたあるあるないざこざは見かけたけど、そこまでひどい喧嘩とかも実際見かけなかったし。

とは言え最前列は普通にみっちり揉みくちゃでしたが、私が本当に危ないなと思うレベルよりは遥か手前だった。

 

というか拍子抜けするくらい余裕で、番号はすこぶる後半だったけど、

気づけばだいたいどの位置でも最前に辿り着いていた。

同行の子はベクペンだったから、エリアに入った瞬間に「じゃ!」と分かれたけど、

ふと横を見ると同じライン上にいたりして、やるじゃんって笑ってしまった。

「どう、調子?」

「近いわ~」

みたな(笑)。

終わった後

「ねえ、全然大丈夫だったんだけど…ていうか、超楽しかった…もう毎回スタンディングがいい」

と言うと、ほら見たことかという顔をされた。

 

で、コンサート後にビールとチヂミをつまみながら、

その子としみじみ話したことが。

すごく変な感覚なんだけれど、ちょっと自分のキャリアに感動したんだよ…。

昔とった杵柄…ということ、あるんですね。

 

最初は、

「アイドルをもみくちゃで見るの嫌だし疲れたくないし、ちょっと引いて見ていよう。

それでも東京とかで観るよりはだいぶ近いもの…」と思っていた。

なんならちょっとナーバスだったし。「あーやだなスタンディング…」って。

 

でも始まると自然に体が動いていた。

本当に無意識で、気づけば目の前のレイちゃんを追いかけて、夢中で見つめていた。

手に持っていたペットボトルはいつの間にかなくなっていた。

 

どうすればいいかわかった、知っていた、という表現がしっくりくる。

 

自分に自分が最前まで連れて行ってもらっていたという感覚。

 

そして、本当に、心の底から楽しかった。

アイドルのコンサートで、こんな能動的に楽しむことがあるのかと思うほど、汗だくで気持ちよかった。

はい、BBAが前にきてごめんね~~と最初の方こそ思ったけどね。

 

あと、本当にあのペンラって鈍器だね。

ずっと鈍器、鈍器と呼んでいたけど、実際に何度も殴られて、鈍器なんだと実感した(笑)。

あまりにごっつんごっつんされるから、最後の方ちょっと笑ってしまった。

終わった後足もとを見たらペディキュアがボロボロになるくらいに何度も踏まれていたし、

背中には誰かの冷えピタが2枚もくっついてた(笑)。

私の肩を完全に台にしてスマホで撮っているのは振り払いました。

お世話になっているマスター様なら喜んでお貸ししましたけどね。

でもどれも大したことはなくて、実際推しを前に痛覚も圧迫感も何も感じなかった。

だし、お互いさまだからね。

 

そしてしつこいけど、本当に本当にモッシュピットにくらべたら…というやつです。

なので腕に覚えのある方はぜひスタンディングにどうぞ。

スキルありすぎて倒れた人を起こしている間にペンサを逃すかも、と言っていたフォロワさんがいましたが、

そういう可能性はあるかもしれないけど(笑)。

 

とは言え、私もその子も、最前にぶっこむ系のバンギャ活動は、数年前に上がっている。

体が覚えてるのかね…と、2人して感慨深くなってしまった。

一度自転車に乗れるようになった人は、一生乗れなくなるということはない、というのがあるけれど、

それかなと思った(ちがうよ)。バンギャの魂百まで…。

 

本当に、人生に無駄なんてひとつもないね。ばかばかしくて笑っちゃうけど。

ケーポで生かす為にバンギャやってたのかなとか思っちゃったわ。

というわけで、今度から席種は選びません。

 

 

 

それだけ近かったので、特に花道は体感的に前後の距離はほとんどなくて、

上下の距離があるだけ、という感じだった。

 

あまりに近くだったせいで、推しのファンカムをむしろ茶の間でずっと見ているような状態。

 

レイちゃんの、皮膚感や汗、髪の毛、睫毛、爪の先、すべてに見とれてしまった。

腰から見えるパンツのゴムに書かれた英文をぼんやり読んだりして、

そんなところを見ている場合ではないと思ったけれど、

近すぎて、なんかもう、そんなことまでしてやり過ごしちゃう感じ。

 

曲が流れているし歓声もすごいからそんな訳はないのだけど、

ステップを踏むたびに靴の鳴る音が聞こえるんじゃないかというくらいだった。

 

あんなにぐっちゃぐちゃな状態で、
自分と推ししか空間にいないみたいな感覚になれるって、
よっぽど脳から何か出てたとしか思えない。そんな集中力、平時は発揮できないもの。
なんでも「生」とか「至近距離」とかって、つよいドラッグですね、本当に。

この快感を知ってしまうと、もっと、もっと…!ってなるんだね。危ないワ。

(幸いそういうのは20代前半で終わった…バンギャありがとう再)

 

 

そして、アイドルってやっぱり特別に鍛錬された存在だなって思った。

眼下に阿鼻叫喚の地獄絵図が広がってるわけじゃん。

自分のことを好いてくれている愛しいファンだという前提はあれど、

もう揉みくちゃで、すごい形相で叫びながら、必死で自分を追いかけて、

一挙手一投足を観察してくる集団がいるわけです。何万個の目からの視線を受けている。

 

花道でthunderを踊るレイちゃんは、人形みたいな綺麗で凛とした涼しい顔で、

そんな光景にも微動だにせずに美しく踊っていたよ。

ひとつひとつの振りがピシッと決まっているのに、自由にくずして動ける、ダンスがうまい人の踊り。

眼下の激情をまったく吸収せず、影響もされない舞い。

なんなら、ここにいるように見えて、違うところにいるのかな?
っていうくらい、世界がまったく違った。

 

よく言えば、どんな状況でも淡々とパフォーマンスに集中できるように脳の切り替えができる鍛錬された、

アスリートのような人たちという感じだし、

そうでなければアイドルはやっぱり、心のスイッチがあるよねって思った。

気が狂わずにステージに立ち続けているだけで、それだけで偉いよ。

こんなに近いのに、圧倒的にちがう生き物で、本当に手が届かない人なんだなっていうのを、

今までで一番実感したかも。

近いからこそ感じたというか。ああ、別の次元に生きている人だ、と。

近いのにどんどん薄れていく現実感、だった。

 

しかしレイちゃん、美しすぎて命とられるかと思いました。

今まで、間近で、肉眼で見た男のひとで、いちばん浮世離れした美麗さだった。

 

小さいときに読んだ、中国の民話とか神話に出てくる綺麗な妖って、

こんな感じかなぁって、ちょっと大陸のロマンも感じだよ。

 

あんなもの見てしまったら、これから目にするあらゆる人が、私の中で綺麗じゃなくなってしまう、

もう誰を見ても感動できないんじゃないか、と恐れるくらいに。

でもそれと同時に、生きてる間にそのくらいおののける美しい人を
この目で見られて幸運だな、とも思う。

まあテミンとか鹿とか見ても同じようなこと言ってると思うので、心配には及びませんが。

 

 

レイちゃんはよく脚が短いとか揶揄されるけれど、大変に美しい四肢でしたし、顔も小さかったです。

そして何より白かった。高潔な白。

青いライトに照らされたとき、月下美人の花みたいに美しかった。

花を見なくても漂う香りで開花がわかるほど強い香りを放つ花というけれど、

ほんとうにステージから香ってくるようだった。

 

でも意外に儚さはなくて、人をたべる植物みたいな妖しさも時折ありました…。

私は人の気とかエナジーとかそういう話に明るくないので、

生き霊がつくみたいなこともよくわからないんですが、

あれだけの人たちに群がられて、吸い取られてなお、

あの色気を枯渇させることなくだだ漏れさせ続けるって、

やっぱ、ほんと、同じ人間じゃないわ。

 

 

なんかそういうのを体感できて、よかった。

わたしまだまだ、EXOのこともレイちゃんのことも、なーんにも知らないんだなって思う。

いつまでも新しい発見があって、底が見えないですねこの沼…。

 

どさくさに紛れてレイちゃんに触った気がするし(何人か手を伸ばしたので、隣や後ろの子の手だったかもしれないけど、レイちゃんの一部だったと思うことにしよう)、

至近距離すぎる至近距離から投げキッスを喰らって、何秒か心肺停止した。

息するの忘れることはあるけど、近いと心臓が強制終了くらいのことが起こるんですね。

あっぶねー。海外旅行保健は入っていったけど、さすがにソウルで死ぬ訳にはいかないわ。

 

 

ちなみに本人のオリジナルの妖艶さがすごすぎて、

どエロい演出とかはわりと私のなかで二の次だった。

水に濡れたりステッキ抱き散らかしたりたしかにすごいけど、

なんかもう、そういう問題じゃねえわって感じだった。

あの辺の演出についての意見は、もうあと何回かDIUM観てから決めたいと思います。

 

 

あとは、ねぇ。

これは書くのが辛いけれど、近いとその分、体の不調がダイレクトに伝わってきた。

あまりに腰が辛そうだった。「い、痛い…痛い…!」とこちらが泣きそうになった。

 

後半ずっと足をひきずるように歩いていたし、

そんな状態でステージに立って踊っているのがむしろ普通じゃない。

ちょっと声を出したり、手を叩いたり、なんなら音響や歓声の振動すら響いてるんじゃなかろうかと思った。

いや響いてるよね確実に。

 

ライトセーバーの終盤、ちょっと見てられなかったな。

曲の終わり頃にメンバーみんながサブステに集合してライトセーバーを持つくだりのところ、

顔にくっきり苦痛が浮かんでいた。

どんなに辛くても、体調を理由にコンサートを欠席しないレイちゃん(本当にまずかったら欠席した方がいいと思う)。

頑張り屋で、手も抜かず、辛い姿を人にも見せたくないであろう彼が、

こんなにあからさまに痛そうな表情を浮かべるのは、

「あ、これはマジでヤバいやつだな…」と…けっこう、キツかったです…。

何度も腰を押さえていたしね。

 

Drop that以降は出てこないかなと思って、それなら仕方ないし、

むしろあんな顔見たらもう楽屋で横になっててよって思った。

せっかく会いに来たし、レイちゃんを1秒でも長く見ていたいけど、

そのせいで今後ずっと踊るレイちゃんに会えなくなるのは嫌だからね…と、祈るようなきもちになってしまった。

ご自愛下さいとしか言えない。

そしたら出てきたから、なんかそこでちょっと涙出た。

嬉しさとはちょっと違って、健気さに心が痛んだというか、プロ意識に圧倒されたというか。

 

Lucky oneのときもずっと踊りをセーブして、にこにこ2階下手で歌っていたけど、

みんなの期待を知ってか、1回腰打ちしたんだよね…。

やめて、いいよ(;;)ってちょっと小さい悲鳴出てしまったよわたしは。

でも本人が頑張ってる限り、楽しむのがこちらのつとめですからね。

なんだか、心配が尽きませんねレイペンは。

 

 

あとは、推しじゃないので深く語ることはできないのですが、カイくんのことも残念でした。

 

去年、推しが来なかったイルコンで私は、とても客観的にコンサートの全体を観ていて、

普段は目で追わない子たちもじっくり見ていた。

そのなかでやっぱり、カイくんの輝きと推されている感はすごかったし、気づけば目で追っていた。

誰がどう見たってイル活の肝だったし、Play boyで水に濡れた不適な笑みがスクリーンに抜かれた時は、

おお…と、素直にすごいなって思った。

センターという言葉が本当に似合うなって唸った。

 

カイペンのお友達も何人かいるけれど、みんなさぞ無念であったろうと思います。

見たかったという気持ちと、でも怪我は治してほしいしという気持ちとのせめぎ合い、

演出の変更はこれでよかったのか等々、彼女たちの悶々とする気持ちを想像すると、こちらも辛い。

車椅子で出てきたカイくんの泣き腫らした顔…リベンジ、待ってますからね。

レイちゃんとのMONSTERのハイタと、目隠しツインのダンス、また見せてね!

 

 

 

DIUM、まだ始まったばかり。

あと何公演観るかはまだわからない(なにせ発表されていないものもあるから。ていうか上海行く予定だったのに…!)。

たとえドームの席が天井になてしまっても、地方の狭い会場で最前が当たっても、

どの席からも同じ気持ちで応援するけれど、毎回きっと違うことを思ったり、気づいたりするんだろう。

今回は、近くて遠いレイちゃんに会えた。それはまたひとつ、宝物であり経験であり、思い出として残っていく。

悲しいことも、感動することも、そのときその場でしか味わえない。

やっぱりコンサートは、生もので、生き物なんだな。

 

 

その時その場でしか味わえない感動と言えば。

泊まっていた明洞のホテルまで、ずっとお会いしたかったカイペンのフォロワさんが

コンサート前に会いにきてくださり、こういうご縁もエクソプラネット上での尊い出来事だよね…と思った。

ブログもとても好きな方なので、「このお嬢さんが…!」と胸がいっぱいになりました。

「楽しんできますね!」ってキラキラの笑顔で会場に向かっていった背中を見送ったけど、

その日のコンサートでカイくんが足を負傷した。

カイくんもさることながら、彼女のことがとても心配だったけれど、

カイペンの愛だってとても深い訳で、コンサートの欠席が決まった今週も彼女はカイくんに会いに行っている。

そういうのをみると、遠いけど近いっていうこともあるよな…と思う訳です。

 

次はどんな発見があるかしら。

とりあえず、おっきなお祭りで、お会いしましょう!

 

 

 

Who is TAEMIN?

 

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テミンの日本ソロデビューを記念したショーケース。
抽選でごくわずかの人が切符を手にするそれに、当たってしまった。

 

ハズレのメールを先に開けたときは、がっかりしたけど「やっぱりね」と思った。

テミンの門出をお祝いしたい人が山ほどいるのは想像に容易いし、

CDはイベントのためだけでなく、テミンへのご祝儀のつもりでたくさん買ったので、

不思議とがっかりはしていなかった。

だから、当たりのメールを危うく見落としてしまうところだった。

 

わっ、当たっちゃった。

 

どうやら私は、第一部にお招きされたみたい。

とても行きたかったけれど、いざいらっしゃいと言われると、

私は行くにふさわしい人間なのか、ちょっと逡巡した。

 

あ、自分よりもテミンを愛しているファンがいるのでは…と、心配したということではありません、悪いけど。

私だってテミン大好きだもんね!!!

ていうか、「誰がいちばんファンか」みたいな話は本当にくだらないので、そういうことではない。

 

こういう話がしたい手合い、よくいますが、

「CD100枚買ったけど、忙しくてまだ1回しか聴かないままライブ来ちゃった!」っていう人と、

「CDは買えないけど、ネットで曲を落として、毎日毎日繰り返し聴いてるし歌詞もじっくり読んだ!」ていう人、

どちらがいいファンかなんて決められます?

誰にも決められません。決める必要もありません。(どっちもいいファンだろ)

みんながいちばんのファンなんです、それでいいんです。

 

そうじゃなくて、

 

テミンがこれまで歩いてきた道や、積み重ねた頑張りや想い、才能、そのすべてが昇華された最新の彼に、

おめでとうなんて言える自分なのかと思って、一瞬固まったのです。

しかもタダで拝ませてもらうって…いいのかな…。

 

 

正直、この気持ちはステージにテミンが現れる瞬間まで続いた。

後ろめたいような、おこがましいような気持ち。

すごく変な言い方なんだけど、私にとってテミンは、全然違う職業の、歳下の男の子にもかかわらずロールモデルのような存在だ。

とても尊敬している。

 

アイドルとして大好きなのはもちろんだけど、1つのことを突き詰める意志の強さは本当に素晴らしいと思う。

才能や環境にどんなに恵まれていても、ドロップアウトする人はたくさんいるもの。

継続し、でも柔軟に変わることもできる。謙虚なのに気持ちのいいプライドもある。

そして何よりいいなと思うのは、悲壮感がない。

影で辛いことがないわけはないだろうけれど、そこを見せないのは素晴らしいよ。

才能と努力の両方の神さまに愛された子だよ。

 

そんな彼を見ると、いつも「また頑張ろう」って元気をもらうと同時に、

自分の道半ば感がハンパなくて、勢を正すような気持ちにもなる。

残念ながら全然別の生き物すぎるのはわかっているので、

「テミンと比べて自分は…」みたいのとはまた違うんだけど、

頑張ってるテミンに感動する反面、我が身を振り返って凹みそう、と思った。

しかも今回のようなイベントの場合、全力で成果を見せてくれる訳でしょう。

わたし、終わった後大丈夫かな…。

 

でも、もちろんありがたく行かせて頂くことにしました。

 

テミンのパフォーマンスに一度でも感動したことがある人ならば、

この子の才能が、これからももっともっと伸び伸び生かされるといいなあと思うだろう。

そんな、生かされるといいなあの、それがまさに目に見えて実を結ぶ瞬間が、この!今!!なんだな、ちゃんと見ないと…心して見届けて、いっぱいおめでとうを言わないと!って、強く決心した。

(ちなみにイベント中にMCの方が「今回のショーケースは、ちょっと公表できないくらいの数の応募がありました。だからここにいるみなさんは本当にラキーです。半年、いえ、一年分の運を使っちゃったかもしれないくらい!」と仰っていて、ますます責任感に駆られてひんやりとした汗をかいた)

 

 

当日。

朝から緊張で何も食べられなく、気づいたらゆりかもめを乗り継いで豊洲PITまで来ていたという感じ。

会場内で登場を待っている時間がいちばん緊張した。

二部に当たったテミンペンの子に「緊張で胸がつぶれる」ってラインしたら、「緊張うつります!」と返ってきて、だよねごめんって思った(笑)。

 

定刻通りにオープニング映像が流れ始め、それが終わるとテミンがステージにやってきた。

ひょこっと現れた姿を見るだけで、胸がきゅぅっとなる。

 

てみん(;;)

一昨日SMTで会ったばかりだけど、今度はここに来てくれたんだね。よくきたね。

忙しいね、でもありがとうね(;;)(;;)暑いね、バテてない?

てみんやーー(;;)

…ほんと、テミンを前にすると自分のおばあちゃん化がハンパない(おばあちゃん未経験なのに)。

夏休みに遊びにきた初孫を前に、とりあえず泣くおばあちゃん。

 

しかし私が勝手に孫との邂逅を果たしている間も、イベントはどんどん進行されていく。

 

孫は、本当はMCの合図があるまでしゃべっちゃいけなかったのに、

「挨拶くらいはいいかなって…」って、エヘヘと笑ってみんなにこんにちはって手を振っていた。

しょっぱなからかわいいかよ!!!(号泣)

 

ちょっと緊張しているみたいで、みんなの顔が見れないですねって、恥ずかしそうににこにこしていて、

あ、なんかいつものテミンだって思った。

緊張してるけど、してないね。ほどよく緊張したフラットなテミンだね。

よかったよかった。

 

私はコメントを正確に覚えられないタイプなので、細かい発言の内容はもう沢山上がっていると思うのでそちらにお任せします。

整理番号も後半でしたので、そこまで表情の機微は読み取れなかったかな。

なので細かな表情やしぐさに関しても、前の方で見れた方々のツイなどを私も読みますので。

(でも、ダメージデニムから覗くひざ小僧が、ぴっかぴかのちゅるんちゅるんに可愛かったことだけは遠くからでもわかりました!)

 

ということで、特に私が印象深かったなーと思うことだけを、ちょこっと書きます。

 

 

トークの中で、今回の『さよならひとり』のプロジェクトに関わった様々なスタッフからテミンにメッセージが届いていて、それをMCの方が読み上げた。

そのなかでも「おぉ!」と思ったのが

コリオグラファーの菅原小春さんが、「力強くてキレのあるなかにも、ゆったりとした時間の流れを取り込んだ振り付けにした」というような趣旨の解説をしていたことや、

PVの監督が「さよならひとりの世界観を作るにあたり、静と動を表現した」と言ったところ。

 

それ、まさにテミンじゃん。

 

他にも、CDのアートワークやそこで着用する衣装も様々なテイストを取り込んでいるということだったし、

テミン自身も「色んな僕の姿をお見せできていると思う」と言っていた。

振り幅を求められて、それに応えられるパフォーマーだと認められてるっていうことだよね。

いろんな表現の引き出しを増やしてきて、「両極」や「対称」といったものを自由に行き来できるって、

色んな人に太鼓判をもらったテミン。とっても誇らしかったです。

 

 

あとは、ダンスの練習風景や、MVの撮影風景をおさめたオフムービーが本当に泣けた。

 

テミンが小春さんにスタジオで振りを習っている短い映像だったのだけど、

そこに今のテミンがぎゅっと詰まっている感じがした。

 

テミンは努力家という部分も含めてダンスの天才だと思うし、

自分がダンスを愛していて小さな頃から夢中でやってきたと思うけれど、

うまくなりたい、というところから、より精神的な表現力を高めたい、っていうステージに来てるんだなって思った。

「さよならひとり」は、技巧的な部分で才気走るのでなく、

ちょっと泥臭くても人間的な内から溢れる情感を本当に豊かに表現している。

大人になったテミンだからこそできるものだと思うし、このタイミングで小春さんに振り付けをしてもらえて、本当によかったね(;;)

 

小春さんの振りの説明も「手をうんとのばして届きたいんだけど届かない感じで…」とか、

情景を描写するような説明なのが素敵だな、と思った。

踊りきって床に転がるテミンに、いっぱい拍手していた小春さん。

とってもいい関係で見ていて胸が熱くなったよ。

 

※色んなことが素人なのに偉そうですけど、私クラシックバレエとフラメンコだけは30年選手なので、

ちょっとだけ、ちょっとだけダンスのことはそれっぽく書かせてください…(小声

 

 

そして16時間(?)もかかったというPVの撮影風景。

水の中で踊るシーンでは、どんどん靴が水を吸って重くなるし、本当に大変そうだった。

なのに、「これを続けていたら体が壊れてしまうよ…」と言いつつもにこにこ笑っていたテミン。

きっともう何度も何度も踊り続けて迎えた収録終盤であろうときには、

思わず韓国語で「もう体が動かないよ~」って言っていた。でもやっぱり、笑っていた。

テミン、すごいね。

これ、きみが辛い顔をしていたらしていたで、よく頑張ったねって感動したと思うけど、

きみはいっつもにこにこしてるんだね。

 

 

そのあとは、さよならひとりとPYNの日本語ver.のパフォーマンスが始まった。

テミンの頑張りがいっぱいの映像を観てからのパフォーマンスだもの…もうなんか、涙も出ずに固唾をのんで見守りました。

まわりの人たちも、そんな感じだった。

一挙手一投足を見逃すまいと、瞬きだってしたくない感じ。

 

一曲目のさよならひとりが終わった後、

「緊張してしまって、うまく踊れなくてすみません。汗を拭いてきます」と言ってテミンが袖にはけた。

なんか変だな?テミンってもし緊張してたとしても、実力は100%で発揮できるタイプの子では?と思っていたらMCの方が出てきて、

「本当のことを話すと、靴が合っていなかったみたいで…今履き替えてます」って。

すごく、ダンサーとしてのプライドを感じた。

テミンは靴のせいにしなかったんだね。

なんだか衣装もちょっと踊りにくそうに見えたんだけど、二部で衣装が変わっていたみたいなので、

全体的に本人は納得のいく稼働じゃなかったのかな。

でもそんなことも、一言も言わなかったねぇ。

プライドが、あるんだね。

 

そしてテミンが、コンサートができたらいいなって言っていた。

いや、もちろんでしょ。

こんな才能あふれる素晴らしい今のテミンの、こんなに頑張って完成させた一流のパフォーマンスを

披露できる場がないのだったら、この国のエンタメは終わってますよ。土壌から腐ってますよ。

世界と勝負しようっていう子が、わざわざこんな小さな国の局地的な言語をマスターして、その言葉で歌ってくれてるという奇跡に感謝しなくてはいけないよ…(と、突然の宗教み)。

 

これは勝手な予想だけれど、PYNの日本語配信のDL数でまず、テミンの日本ソロデビューがどんなもんになりそうか、大人の人たちに見られたのでは、と思う。

で、今回のショーケースの応募数を見て、ライブがあるとしたら動員がどんなもんになりそうか、っていうことを見られているんじゃないのかな…?

いやー、大成功すると思いますけどね。

やりましょうよ。お願いします。

 

手を振って去って行くテミンを見て、自分がどんな自分でも、テミンを見ている時は素敵な気持ちになれるのだから、これからもテミンを応援して行こうって思った。

こんなに頑張ってる人を見守れるなんて、それだけで、いいじゃないか。

 

 

ちなみに、二部に当たった仲良しのテミンペンちゃんが終わるのを待って迎えに行ったら、

もうポロっポロ泣いていて、なんか

「あ、きれいだな」

と思ってしまった。

悲しいとか辛いで泣いてる訳じゃないから、慰めるとか励ますとかもちがうし、よしよししかできなかった。

テミン、責任とってよね☆

きみにしか、とれないよ。

 

 

 

ショーケース冒頭のアタック映像で、

Who is TAEMIN?

というスーパーが流れたのがずーっと頭に残っている。

 

何者なんだろうねぇ。

ずーっとずーっと見守っていたら、答えが出るかもね。

 

テミン、齢23。

彼のこれまでの軌跡や実力を思うと、まだ23なんだねって驚く。

大人になったばかりじゃないか。人生これからだよね。

純粋に本人の幸せを願う意味もあるし、こういう人が評価されないといけないよねっていう気持ちもある。

そして何より、彼の作り出す世界をもっともっと観たい!!!

なので、ずーっとずーっと見守って、

Who is TAEMIN?

の答えがいつか見つかったらいいなーなんて思います。

おわり

 

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私はなぜ、推しのアイドルに対して「観たい」ではなく「会いたい」というのか。

 

 

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「これは、レイペンの私にとって、長い闘いになるな…。

わかっていたけど。

十分過ぎるくらい、わかっていたと思ったけれど」

 

 

 

今回は、最初行く予定なんてなかったのに、あまりにもレイちゃんに会いたすぎて、

急遽弾丸日帰りで参戦を決めた(しかもほぼ当日の前日に…)、

SM TOWN の京セラドーム公演のことを書きます。

 

嵐のような『レイちゃん来日狂想曲』だった…。

新幹線の終電で帰宅して、しみじみ自問自答したことをつらつらと。

 

 

 

私はレイペンですが、レイちゃんに会ったことは一度もありません。

 

コンサートは何度も行ったけれど、会ったことはない。

個人的にという意味ではもちろんだし、どこか街中で偶然すれ違った事もない。

本国での握手会の類いも行ったことがないし、ミーグリ的なものも当たらなければ、飛行機で同便になったこともない。

勘違いでなければ、ペンサもらったことはあるような気がするけどね。

 

つまり、コンサートなどの不特定多数という条件以外で彼の視界に私が入って認識されたことはなく、

だからもちろん記憶もされていないし、どんなにどんなにどんなにどんなに大好きでも、

彼はこの世に私という人間がいることを知る由もない。

私がきみのことこんなふうに大好きなんだよっていうことも、いつも元気をくれてありがとうって思ってることも、

レイちゃんはなぁんにも知らないわけです。

たぶん、永遠にね。

 

承認欲求はないので、それはまあ別にいいんです。

こちらとしても、レイちゃんをいわゆる1人の男性としては見ていないし、お友達になりたくて彼を応援しているわけでもない。

ファンレターを書いた事も、weiboやインスタにメンション飛ばしたこともないのでね、

覚えるとか覚えないとか以前に、私の情報はなにひとつ彼に発信されていない。

 

っていうか、まず私が、彼のことなんにも知りません。

 

彼のプロフィールは、公式から実しやかに囁かれるレベルのものまで、大抵のことは頭に叩き込んでいるし、

動向は365日ネットで監視している。作品の類いも追っている。自伝の翻訳も読みました。

そしてカメラロールには画像があふれていて、どんな笑い方をしたらえくぼの深さがどのくらいになるかまでわかるけれど、

彼のこと、ほんとに何も知らないよ。

他人です。

清々しいまでの赤の他人。

彼がファンを家族だと言ったとしても、「そういう気持ちであること」と「事実」は残念ながら違う。

ヘタしたら、1,2回挨拶したことがある分、マンションの隣人のほうが他人レベル低いくらい。

 

 

そんな彼に対して私はしばしば、「レイちゃんに会いたいなぁ」なんて言う。

 

こともあろうに「”また”会いたいなぁ」とか、「”早く”会いたいなぁ」なんて言ったりもする。

あたかも会ったことがあるかのようだし、会う権利がある関係性のような言い方だ。

 

それにときどき、家族も知らないような思いを受け止めてくれたり、

よく知っている友人より親しみが持てるような気持ちになることがある。

お互いの言語を理解しないのにも関わらず、彼の言葉を信じることもある。

 

何度も言うけれど、会ったこともないのに。

私のことなにも知らないオトコなくせに。

 

 

なのに、会いたいなぁと思うのは何故だろう。

 

その会いたいとはつまり、"お金を払ってチケットを買うこと"と同義語なんだと、感覚的に思えない(頭ではわかっています)。

「レイちゃんのダンスが大好きだから、どうしても観に行きたいんだよね!」っていうのとは、ちょっと違う。

それもあるけど、本当に「会いたい」んです。

会ったなんて言えないの百も承知で。

 

それは、たぶんだけど、精神的には誰がなんと言おうと、
間違いなく会っているからなんだよね。

またしても重い発言だけど、ファンなんてみんなそんな感じなのではないだろうか。

ただの見世物を観に行くのとは違う。

そういう目的でコンサートに行くのではないもの。

 

毎日なんにも辛いことがなくて、悲しいこともなくて、頑張るための元気が容易く手に入っていたら、

コンサートの数時間なんて、数あるお楽しみのひとつとして「EXO観に行く」とか言うと思う。

ということは、そこに辿り着くまでの毎日が、私はまあまあしんどいんだな(笑)。

 

コンサートでレイちゃんを見ている間は、勝手に彼に心の中で話しかけて、一方的に色々背負わせている。

「わたしね、前回会った時から、今日までこんなこと頑張ったんだよ、こんなことがあってハードだったんだよ、

でもここに来るのを目標にしてきたんだよ、レイちゃんは元気だった? またカッコよくなったね。今日の髪型いい感じだね…」

とかなんとかって。

姿を見て涙が出るのは、自分の中で何かしらのカタルシスというか、セラピーというか、

この日を迎えるまでの、積み重ねて塞き止めていたいろいろを、決壊させてもいいの合図になっているからなのかもしれない。

 

重すぎるけれど、レイちゃんがその何かしらの鍵になっているというか、

私の感情を揺さぶるスイッチになっているのは間違いない。

大変アレなことですわ…でも仕方ないよね…そういう心の治療にも似た「方法」を見つけてしまったんだもの。

 

で、終演後には自分の中で何かがスッキリと完結していて

「よし、また次に会うのを糧に頑張って、毎日生きていこう!」って思えて、

お肌ツヤっツヤになっているのだから、ただ”観た”なんて言えないよ。

 

 

だけど不思議なのが、こう書くと「この人どんな悲惨な毎日を送ってるんだ」って感じだけど、

別に楽しいことだってあるのだ。健康だし。

家族や友人、同僚に日常的に悩みを話していない訳でもないし、ストレスの発散方法だって他にたくさんある。

ダンナにも、定期的にまあまあときめいてますよ)

でも推しに会いに行くというのは、どれとも違う元気がもらえるし、すごく精神的な癒しがあるんだよね。

まさに治癒治癒。

銀河のユニコーンセラピー(いや宗教か…?)

推しを通して、自分自身に会っているのかな、と思う。
なにか、人には話していない胸の中の思いをつまびらかにするきっかけになる、
パイプとか導火線になっているのかもしれない。

 

 

だから韓国に行ったり、それじゃ飽き足らず大陸に会いに行ったりしている訳だけれど、

どうしてだろう、日本でどうしても会いたかったんだよ…。

 

私じゃなくて、レイちゃんのほうから会いにきてほしくなっちゃったからだと思う。

「レイちゃん、会いに行くから待っててね」を何度か繰り返して、

そろそろ「レイちゃん、待ってるから会いにきてね」って言ってみたかったんだ。

会ったら元気になれるレイちゃんが、むこうからきてくれるという事実だけで、単純にとても元気になれる。

知り合いでもなく、そんな義務もない私というペンのために会いにきてくれたら、もっと嬉しいんだ。それだけ。

 

ファンクラブの会費払ってるのに日本にこないとかあり得ないよ!っていうクレームとか、

日本のファンのこともっと大事にしてほしいっていう疑心暗鬼な主張とか、

レイちゃんが幸せなら大陸活動を応援しますという理解の示し方とか、

レイちゃんだって本当はきっと来たいんだよっていう希望的観測とか、

スケジュールとか、日中関係とか、今後とか、

その辺の考えのことは個人差があると思うけど、もう疲れたので私はわりと流れに身を任せたいです今は。

どうなってもファンをやめられないことは明白なのだし。

1年間、怒ったり悲しんだり、迷ったり不安になったり心配したりして、疲れた…すごく。

 

悲喜こもごもが濃すぎて、わりとうんざりしている。

彼を応援するとかしないとか、信じるとか信じないとか、そういうのとは全く別次元の話として。

 

来るか来ないか毎度不安なままチケットを押さえて(東京以外ならエアーとホテルも)、

色んな予想や噂に振り回されて、情報を収集して、

来ないっていうお知らせがなかったらないで、出国するまで仕事の合間にTwitter見て、

来るって確実になったら涙が出てきて…ほんと、ボロボロですから!!!!

 

愛があるから何が起こっても平気だよっていう、ビバ・アガペーな人種に、なれるもんならなりたいわ!

すでに両頬殴られてるくらいの状態ですけどね。

欠席の公演では、レイちゃんがいるはずの空間をぼんやり眺めながら、ペンラを3時間振り続けるんだからね…

行ったら行ったで楽しいけれど、でもこの切なさは、人生における何の経験値UPにつながっているのだろうか…と呆然とする。

ギブによるテイクへの上回り方が尋常じゃない。

なのに懲りない。

惚れた弱みってやつだねこれ!ちっくしょーーー!!!

 

レイちゃんは、もうそういう動き方をするアイドルなので、それがいやならやめればいいし、

アイドルのファンなんてすべて自己責任ということもわかっている。

「こんなにやってあげたのに!こんなに好きなのに!!」って暴走なんてしたら、まず自分の人生がめちゃくちゃになってしまうし、

ファンとアイドルが健全な距離感で支え合うというのは、絶対前提にしておかなくてはいけない理想だと思う。

 

でも人の激情や慕情を換金していることを完全否定はできないはずですので、

それを重々承知してコンサートの参加告知には責任を持ってほしいとは思います。

レイちゃんでなく、然るべき管轄のところにね。

 

 

 

で、今回のSM TOWN大阪(1日目)の件。

 

もうここまでの書き方で、どんな思いをして行ったか、行ってどんな気持ちになったか、

だいたい予想がつくでしょう。

ソウルコンを前に疲弊しています。

 

そう、まず、完全にこないと思っていた。

彼を信じずにチケットとらなかったお前が悪い、とはさすがに責めないでほしい。

(もっと言うと彼自身を信じていなかったわけではない。彼のスケジュールの切られ方を信じていなかったんです)

 

そしたら開催の3日前くらいから、来るらしいという例の情報が流れ始めたじゃないですか。

とある多数のフォロワーを抱えるレイペンさんのTwitterアカウントにおいて、

「レイがSMTの大阪にくると、本人が言っていました!」

という趣旨のツイートが。

 

レイちゃんの前後の予定を見ても信憑性があるっぽく、多数のレイペンさんが大騒ぎ。

 

このツイートについての話はさておき、実際その時点で、公式から欠席のお知らせはきていない。

かと言って、ペンが騒いでいることに対し、事態の収束をはかるべく出席のアナウンスがされる気配もなし。

参戦を決めていた他ペンの友人たちからも、

「チケボ発券されたけど何も書いてなかったからレイさんくるかもよ!」との連絡が続々と。

 

ここからレイペン忙しかったよね…。

チケットが、ないんだもの。

既に別の予定も、はいってるんだもの。

新幹線もホテルもとってないし。

そしてそもそも来日がどこまで本当かも、まだわからないんだもの。

関空に降り立つところを見届けるまで信じられない…我ながらかわいそうすぎる。

 

やっぱり、熟しに熟して実現した日本正式デビューの年のコンサート(しかも、特別意味のある初の単独東京ドームを含む)を超えるトピックは、

日本国内にはそうそうないと思う。それこそあとは、紅白に出るとかくらいじゃないか。

それに不参加という経歴があるなかで、ビジネス的にも義理の面でも、SMTの大阪にくるとは考えにくい。

北米ツアーだって出てなかったんだしね。

予測不能。正式メンバーなのに、予測不能がデフォルト。

 

けれど、行くしかないでしょう。

 

1年ぶりに日本で9人の状態のEXOを見届けたいもの。

こんなに近くにレイちゃんがくるのに、行かなかったら絶対後悔する。

次の日仕事だから最後までいられないけど、それでも、一目だけでも…!

…ぶわっ(;;)

 

 

だから本当は、「レイちゃん久々に日本に来てくれて嬉しい~!超楽しかった!」とか、

「レイちゃんきてくれてありがとう!」っていう明るく楽しいピースなブログを書きたかったんですが、

やっぱりどんなに調整が大変でもこうして、推しに「会いに」来なければいけないことがわかった……という自分の気持ちを再認識して、

今後の長い闘いを改めて覚悟せねばならないことを思い知り、うんざりしているのです。

あー、覚悟、したくねーーーー。したくねーわ。

・・・せざるをえねーーーーー!!!!!!!!!ばかーーーーー!!!!!!!!

 

 

いや冗談抜きで、調整、本当に大変だった。

チケット見つけるのも。

一度フォロワさんがチケットをsellに出されてるのを見て、信用できる方から譲って頂けたらベスト!と思い詳細を教えて頂くなどしましたが、

自分の調整もギリギリまでつかなさそうなので、ご迷惑をおかけしたくなく、泣く泣く諦めました。

で、2枚ならOKというものを直前に見つけ…(以下略)

幸い、レイペンだいたいおんなじ気持ちだから、行く?って声をかけたら速攻で同行者は見つかったけれど。

 

 

でもね、会いに行ってよかったです。
それは間違いなく、よかったんです。

 

スタンド席の中央下手寄りだったので、オープニングの時、EXOの入場する後ろ姿を見守りました。

レイペンの子と、「レイちゃんいる!!!」って手を取り合って(というかもはや、しがみつき合って)泣きました。

ほんと、あれがいちばん泣けたなぁ。

初めて生で観たMONSTERのカイレイのバチンバチンのハイタとか、

ひっさびさのウルフとか、感動ポイントはたくさんあったけど、

あの後頭部がいちばん泣けた。

他のメンバーと整列して、「EXO」と呼ばれるのを待機していたレイちゃんの、後ろ姿。

よくきたね、よく会いにきてくれたねって思った。

彼のホームでもなんでもないのに、おかえりっていう気持ちになったのはこちらの勝手な気持ちだけど。

 

いつもそばにいてくれる初孫のテミンにも感動したけれど、ごめん、おばあちゃんちょっと情緒不安定だったから、

明後日のショーケースに、もっとちゃんと落ち着いて会いに行くからね、と思いながら見ていた。

きみはね、ちょっと様子がおかしい私が見ても、尋常じゃないくらいの黄金の輝きを放っていたからね。

気が狂っていてもそれだけはわかる。

むしろきみという精神安定剤がないと、レイちゃんだって追ってられないんだぜ…。

 

心配をかける子ほどかまってしまって、出来のいい子に構っていないように見えるみたいな、あるあるなのかなこれは。

あ、ちょっと話の収拾がつかなくなるから、テミンの話は置いておこう。

私こどもいないから、そういう気持ちどっちにしろわからないんだった。

 

 

コンサートは、いつも以上に何にも覚えてなくて、レイペンの子と2人で座席で灰になっていた。

彼女は、「拝んだ感がハンパない」と言っていた。

EXOとSHINeeのところ以外は、本当に何も覚えていません…。

レイちゃんがいたという、その事実はとにかく鮮明に輝いている。

会いに行ったんだっていうことだけが、残りました。

 

終電で後ろ髪引かれながら、断腸の思いで会場を後にしました。

だからラッキーワンは聴けなかったんだけど、それは来週のソウルまでとっておきます。

一目見れたら嬉しいって思ってたけど、行ったら行ったで欲が出るもんだよね。

(いや、ていうか普通だよねその気持ちは…)

会場を出なくちゃいけない時間を気にして、早く出てきてーってハラハラするの、本当にいい感じで心がすり減る。

何度も何度も、「最初からくるってわかってれば…!」と悔しい思いに苛まれましたが、

そこはもう、考えてもしょうがない。ちょっとでも行けてよかったことは間違いない。

 

そして、仲良しならば誰と行ってもコンサートって楽しいし、

始まってしまえばどちらにしろ1人の世界になるのだけれど、

今回ばかりはレイペンと一緒に行けて本当によかった。

エミリーちゃん、ありがとう。

行きの新幹線では、「緊張する…」。大阪が近づくにつれて「お腹痛い…」。会場に着いたら「吐きそう…」。

そして出てきたら泣く。観終わって廃人になる。

この一連を共有できて心強かったし、大阪に着いてから2人でカラオケにこもって、必死で団扇つくったのいい思い出です。

 

 

 

なんでこんなにしんどいのに会いに行くのか。

行ったとして、もっと気軽に「観る」んじゃダメなのか。

会場まで乗ったタクシーの運転手のおじさんが、ちょっと偶然メンターみたいな感じだったので

(完全に気のせい。気が狂ってたのでそう感じただけ)

その話をして〆ます。

 

乗車しておじさんに行き先を告げると「韓国のアイドル観に行くの?」と聞いてきた。

そうです、と答えると「うちもカミさんが東方神起のファンで、娘は2PMにハマってるから、いつも大騒ぎして大変!」と話してくれた。

それでちょっと打ち解けて楽しく会話が続いて⬇

運「どこから来たの?」

私「東京です」

運「今日着いたの?」

私「はい、さっき」

運「じゃあ今夜は美味しいもの食べて行ってね」

私「実は、コンサートの途中で終電で帰らなくちゃ行けなくて…」

運「えぇ?」

私「明日も仕事なので…ね?」

友「はい、昨日くるのを決めたので」

運「そんな大変な思いして来たの!? 疲れるでしょう」

私「いえ、コンサートに来た方が元気に働けるんですよ!!」

友「これのために働いてるんです!」

ここまで聞いて、運転手さんは笑い出した。

「…わー、みんなおんなじこと言うんだなぁ!!!

ウチの娘も、弾丸で行ってそのまま出社して、ヘロヘロで帰ってきて泥のように寝るよ(笑)

でも、それが元気の素なんだって!!!

うーん、同じだ!ほんとにおんなじだ!!」

 

「こんなに必死こいて私滑稽だな」と時折思わなくもなかったけど、
なんだかそれを聞いて、
アイドルを追うという道に入ってしまった者の、
正しい行いで正規の癒しルートなんだな、と安心した訳です。

 

娘さんは私と同い年だそうで

「いい歳してもういい加減にしろって言うんだけど、楽しそうでやめる気配ないんだよー」と言うので、

「いやあ、やめられませんよ」と答えておきました。

 

タクシーを降りるとき「娘さんによろしくお伝え下さい」と言ったら

「はいはい、コンサート楽しんでね!!」と笑顔で送り出してくれました。

 

 

おじさんが笑顔で送り出してくれたほどは、楽しめなかったかもしれない。

なんていうか、楽しむために行ったというより、ちょっとお遍路さんみたいだった気がするから。

黙ってても、大変な毎日はタダじゃ癒されない。

苦労して、治癒のかみさまに会いに行かなければ。

過程は大変だけど、救われる。

っていうところとか、詣でとか参りだよね完全に。

 

 

私の夏は、
テミンのショーケースからソウルコンの流れで始まるかと思ったけれど、
レイちゃんが一足先に、私の中に高気圧を連れてきてしまいました。

 

またきっと、元気で会いにいくよ。

あなたに会いたいタイプのペンでいるということは、こういうことだってよくわかったから。

きっと長い闘いになる。

物理的な調整との闘いや情報の精査との闘いはきっとずっと続くし、

気を揉むこととの闘いと、他のメンバーのペンと比べて悔しい悲しい思いをしないようにする闘いと、

自分の体力や気力との闘い…いろいろなものを越えないと続けられない。

あとは、無理しない闘い。

ちゃんと、いちばん大事なのは自分だっていう気持ちを強く持つ闘いかな。

 

今回みたいのが永遠に続くと、心も体も壊れるわ。

でも、元気で応援するには、心を強く持たなければ。

心を強く持ち続けるのって、本当に大変だから…。

 

会場でお会いしたフォロワーさんお二人に、別れ際

「体、あまり無理しないでくださいね」と声をかけて頂いたのがとても印象に残っています。

 

無理して行ったけど、かえって元気になったわ~!って思えるところで踏みとどまろう。

 

 

会いに行ける自分でいるために、いろんなものと長く闘います。

それがレイペンの矜持かな、と思うので。

おわり。